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無理

 俺がまだ日本いた時、同僚の友人の話として聞いた事がある。コンピュータを販売する外資企業で働いていた彼は、ある時顧客の要望に沿って自部署の商品を販売した。部署でも売上を上げた事で喜ばれ、良かった良かったで終わるはずだった。

 しかし彼は後日、別部署の部長に怒鳴り込まれる事となる。その部長は、自分の部署の顧客に勝手に物を売るなと言ったという。彼は意味が分からなかった。確かにその部長の部署にお伺い立てたりしなかったが、彼の部署とその部長の部署とは製品カテゴリーが全く違っていた。

 彼は顧客の欲しがる物を売ったに過ぎず、その部長の部署はその商品を扱っていないから関係がないと考えていた。しかしその部長は言った、その顧客の予算は自分の部署の製品を買うためにある、勝手に顧客の予算を使うなと。


 その部長は顧客の利益でもなく、自社の利益でもなく、ただただ自部署の利益しか考えていなかったのだ。当時の俺はそんな酷い利己的な人間が本当にいるのかと考えたが、俺に蹴りを入れている目の前の男こそ、その部長と同質の人間なのだろう。

 恐らく顧客の希望だとかそんな理を唱えても、この男は聞きはしないだろう。生きてこの状況を脱する為には、道理を曲げてこの男に屈服し、先の商売を無かった事にするしかないのか。そんな事を考え始めた時、また別の声が掛かった。若い男の声だった。


「おい、何をしている。」


 地面に横たわりながら声のした方を見ると、2人の衛兵が近付いて来ていた。これで助かるのでは、と淡い期待を持ったがその考えはあっという間に覆された。


「あ、これはエトガルさん。

 すいません、一応聞きますが何があったので。」


 衛兵は若い男と年配の男の二人組だったが、年配の方がそう言った。明らかにエトガルに気を使っている。エトガルはチラリと衛兵を見て言った。


「商売上の意見の食い違いがあって揉めたが、もう話は平和裏に済んでいる。」


「そうですか。

 まあそういう事もあるでしょうけど、あまり無茶はしないで下さいよ。

 では我々はこれで。おい、行くぞ。」


 何も平和裏に済んでいないが、年配の衛兵は若い衛兵を引っ張って立ち去ろうとする。


「な、何を。

 明らかに刃傷沙汰じゃないですか。普通じゃないですよ。」


「いいんだよ。

 エトガルさんは真面目な商人で、中隊長とも親しいんだ。

 この人が問題無いと言ったら問題無いんだよ。」


 若い衛兵は問題を訴えるが、年配の衛兵が強引に立ち去らせる。なるほど、どれくらいの影響力があるか分からないが、衛兵の中隊長が買収されていて衛兵の助けは望めないのか。マルゴットの時に揉み消されたのも同じ理由か。

 こんな無茶苦茶を通すのは悔しいが、ここは折れるしかない無いのだろう。俺は腹を決めて話し始めた。


「分かりましたエトガルさん、帝国との取引は無かった事にします。

 まだ金は貰っていませんが、商品も全て引き上げて断って来ます。」


「聞き分けがいいじゃないか。

 いいだろう、今回は見逃してやる。

 ただし、先程の言葉を違えれば生きてユーバシャールを出れると思うなよ。」




()つつっ。」


 エトガル達はあの後すぐに立ち去った。


「ご主人様、申し訳ない。」「すまねぇ、ご主人様。」


 口から血を流し、腹を抑える俺をヴァルブルガとニクラスが助け起こす。ヴァルは大泣きし、ニクラスも涙を流していた。まあ、仕方なかろう。エトガルの護衛があそこまで手練れだとは俺も思わなかったし、戦闘レベルが違い過ぎると接近戦では探知スキルもまるで役に立たなかった。


「レンさん、大丈夫ですか。」「レンお兄ちゃん。」


 俺の方へと駆け付けるカリーナの顔は青ざめ、レオナはガクガクと震えている。他の者達も一応に暗い面持ちである。


「仕方が無い。

 明日、取引の取り止めを申し出て、品を引こう。」


 俺はそう宣言して、皆を連れて宿へと戻った。




「何があったかお話し頂けますかな。」


 翌日、訪問した高級宿『天馬(ペガサス)の導き』で応対してくれたサンターナ商会のドミンゴさんに品の持ち帰りを願い出た。そこでドミンゴさんは、穏やかにそう聞いて来た。下手な事を言えばエトガルに何をされるか分からない。

 サンターナ商会にとってみれば、俺のトルクヴァル商会とエトガルのガイガー商会では比べるまでも無くガイガー商会を重視するだろう。この穏やかな顔のドミンゴさんにしても、うちの商会などほんの路傍の石程度にしか思っていないだろう。

 だが、俺は心が弱っていたのか、つい話してしまった。暴力にまでは言及していないが、大手のガイガー商会に圧力を掛けられて、品を引くのだと。


「なるほど、あの商会がそんな事を。




 実は我々もあの商会には不満を持っているのですよ。」


 間を溜めてそう言ったドミンゴさんは、俺にガイガー商会への不満を話してくれた。それによると、ガイガー商会の納品する小麦は質が悪い物がしばしば混じっているのだという。

 昔からよくある詐欺で、小麦に砂利などを混ぜて目方を誤魔化す物がある。ガイガー商会の小麦にはその様な物が混じっていて、何度クレームを入れても農村から小麦を集める下請けの商人を(けな)すばかりで改善されないという。

 そうは言っても帝国の要求する量の小麦を集められるのはガイガー商会だけなので、サンターナ商会としても切るに切れないらしい。


 それを聞いた俺は、ドミンゴさんにお願いする事にした。

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