アントナイトの売れ行き
青の部屋が完成してから1週間、俺はアントナイトの買い手を探していた。幸いな事に金属卸の中規模商会、ツェベライ商会と代理店契約をする事が出来た。この商会の商会長ヴィリー・ツェベライは、頑固そうな中年男で契約までは難航したが、契約後は真面目にやってくれそうだった。
契約は今回運んで来たアントナイトの売れ残り分を置いてもらい、こちらの指定額以上で売れれば差額の7割を手数料として支払う、手数料とは別に倉庫の使用料を支払うという物だった。期間は半年としてるが、それ以前に誰かに来させて延長させるつもりだ。
売る気も無く倉庫料だけで儲けられても面白くないので、倉庫料は安めに、その代わり売れればツェベライ商会の儲けは大きくしておいた。運搬まで含めればこちらの利益は雀の涙だが、もともとカウマンス王国ではあまり売れそうも無いし、ミスリル銀から目を逸らす為に売っているだけだから、許容範囲だろう。
それとは別にカリーナ達には商会、商店への現品の卸販売をしてもらっている。とはいえアロイジア王女に一気に金貨10枚分の調度品が売れたのに、この1週間で個別に売れたのは金貨20枚程度だった。まだ安売りはしていないせいもあるが、正直まだ1割も売れていない。
またレオナと『鉄の盾』のエルマーには、レストラン『輝く波』の手伝いとして貸し出す傍ら、レストランの客から引き合いがあれば小売りするよう指示している。ただし『輝く波』では青の部屋の人気がジワジワ出て来ているものの、まだ販売までは至っていない。
そう言えば、街の噂としてマニンガー公国でも獣人なのか魔族なのかが出たらしい。ユーバシャールの東、白壁の街テンツラーのさらに東のノルデン山脈の麓の村が襲われたと言う。まあ、俺は商人だから、そっちには近寄らないだけだな。
「大変、レンお兄ちゃん。
貴族様がアントナイトを見せろって。」
そんな日々を送っていた俺達だったが、ある日の昼過ぎにレオナとエルマーが走って俺を呼びに来たのだった。俺は大至急アントナイトの調度品をレストラン『輝く波』へ持って来るようカリーナに指示すると、ヴァルブルガ、ニクラスを伴い『輝く波』へと駆け出した。
「君がレンか。私はダーヴィト・アイスナー子爵だ。
インカンデラ帝国からお越しのロドリゲス男爵が、
この青い金属に興味を持ってね。
明日の午前中に『天馬の導き』に行って、
男爵に君の商品を見せてくれ。」
そう言ったのは、マニンガー公国軍の幹部である体格のいい40代くらいの男だった。彼こそアロイジア公女の前のヴュスト砦の城主で、帝国貴族との会談の為にユーバシャールに戻っていた男だ。レオナからは急いで来いと聞いていたが、俺達が青の部屋に着いた時、この貴族はまだ本人が待っていた。
話を聞くと、彼はロドリゲス男爵と共に『輝く波』の青の部屋で今日のランチを取ったそうだ。そこで男爵がこの部屋と調度品を面白がって、全部買いたいと言い出したそうだ。実はマニンガー公国とインカンデラ帝国の交渉は難航しており、アイスナー子爵としてはぶっちゃけ男爵の機嫌を取りたいらしい。
俺が一も二も無く首肯すると、アイスナー子爵は満足げに帰って行った。貴族の指示に俺が断れるわけも無く、元より帝国に売りたいと思っていたのだから俺に否やは無かった。そんなところに荷馬車に全品積んでカリーナ達が全員でやって来たが、俺は宿に帰ると指示を出したのだった。
翌日、俺は『貨幣の収穫』を残し、全員で帝国貴族の泊まる高級宿『天馬の導き』行った。『貨幣の収穫』は最近留守番が多いが、風体が悪いので強盗避けにはともかく客商売には向かないから仕方がない。
俺達が『天馬の導き』についた時、案内された部屋はサンターナ商会の狐顔の男と会った時とは別物の大きく豪華な部屋だった。俺達はこの部屋に持ち込んだアントナイトの調度を並べて、日中ではあるがアントナイトの光沢を良く見せる為に灯りの点いた燭台を幾つも運び込んでもらった。
そうして1時間もすると、5人の男達が入って来た。探知スキルで入る前に気付いたので、邪魔にならない様に全員を壁際まで下がらせて、俺とカリーナで出迎える。
「お呼び頂きありがとうございます。
カウマンス王国から参りましたレン…。」
「どうですかな、ロドリゲス男爵閣下。
ご興味がおありとの事でしたので商人を呼び寄せましたぞ。」
俺の自己紹介に被せて来た奴がいるぞ。アイスナー子爵にちょっと似た若い男だ。子爵の息子か親戚だろうか。全く俺の方を見もしないが、まあ外国の要人を接待せよと仰せつかったのだろうから、そっちにしか意識がいかないのも無理ないか。俺は口を閉じて笑顔でゆっくり邪魔にならない位置まで近付く。
「おお、これだこれ。
昨日の部屋と同じだな。」
ちょっと濃いめの顔立ちの浅黒い肌の男だ。服装がカウマンス王国、マニンガー公国よりも凝った飾りとデザインの軍服?を着ている。これがロドリゲス男爵なのだろう。順番に商品を並べたテーブルの前を通り、ある一角で泊った。
「これはカマキリかね?
面白い物をモチーフにするものだ。」
「そうですな。
カウマンス王国の物なので職人の感性が独特なのでしょう。」
男爵の言葉に先ほどの若いのが、微妙にカウマンス王国をディスる様に追従する。他の男達は男爵かマニンガー公国軍の人間だろう。俺はここで口を挟む事にした。




