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青の部屋

「レンさん、これは結構な作業になりますよ。

 それに大丈夫でしょうか。こんなのを壁一面に貼ったら目が痛くなりそうですけど。」


「まあ、まあ、カリーナ。

 アントナイトは知名度が低いんだ。派手な事をして目立たないと。」


 レストラン『(ブライト)(ウェーブ)』の小屋の修理が終わった翌日、俺達は荷物番の『貨幣(マネー)収穫(ハーベスト)』と御者を除く全員で朝から小屋に来てアントナイトのタイルを貼り始めていた。タイルは昨日の昼から頼んでいてある程度出来上っていた。


「じゃあ、後はよろしく。」


 俺は午前中、そこそこの時間に俺の護衛のヴァルブルガとニクラス、ダーミッシュ商会のカリーナと『(アイロン)(シールド)』リーダーのイアンを連れて小屋を出る。

 大物にランチタイムの面会が許されるのはVIP待遇等という話を企業買収の経済小説で見た気がしたが、俺と約束の時間はおそらくその2つ前くらいなのだろう。まあ、それほど重要視されていないのも分かるが、商会規模が違うから会える分だけラッキーと考えるべきだろうな。


「レンお兄ちゃん、レオナも行きたい!」


「レオナ妹ちゃん、遊びに行くのではないのよ。

 あなたはここの作業を頑張ってね。」


 レオナの我儘をカリーナが(たしな)める。いい加減、姉妹じゃない事がバレていると気付いてそうだが、まだ頑張るね。


「レオナちゃ~ん、俺達と一緒に頑張ろうぜ~。」


「お前、手を抜いてんじゃねぇ。さっさと終わらせるぞ。」


「…。」


 『鉄の盾』のチャラ男、ダミアンが軽口を叩くと愚痴り屋の弓使いフランクがイラついた様に文句を言う。エルマーは我関せずと黙々と作業をしてくれている。彼らの仕事は護衛なのでこの作業は業務範疇外だが、夕食に酒を付けると言って引き受けてもらったのだった。




 『天馬(ペガサス)の導き』は、ユーバシャールで最高レベルの宿屋だった。ユーバシャールの東西に延びるメイン通りから、王城側に一段高い坂の上にありユーバシャールの街を見下ろす様に建っている。

 しかも街中ながら塀で囲われた敷地内に車止めの小さな庭が正門前にあり、その中庭の中央には頂上(ちょうじょう)に羽の生えた馬の像を付けた白い石の柱がある。その柱に沿って馬車をターンさせるのだろう。うん、豪華だ。おれの泊まっている『黄金戦艦』もそこその宿屋だが、それとは格が違う。

 俺が帝国の商会に指定されたのは、この宿の談話室の1つだった。この宿には帝国のサンターナ商会のリコ・アコンチャと帝国貴族のシリアコ・ロドリゲス男爵が泊っている。俺達は宿の従業員に談話室へと案内された。


 談話室は宿の格からいえば質素な物だが、これは俺への興味を知らせる為にワザとこういう部屋を用意させたのだろう。付き添いは二人までと言われたのでヴァルとカリーナだけを連れて来て、ニクラスとイアンはロビー脇の従者や護衛の待機室の様なところで待たせている。

 茶も出ないまま小一時間待たされてから、神経質そうな細身の男が入って来た。中背の狐顔の男で、護衛らしい帯剣した男が二人と部下らしい男が二人付いて来ている。




「ふん。こんな玩具(おもちゃ)、帝国は求めていません。」


 自己紹介しようとしたところを遮られて、品を見せろというので化粧箱、花瓶、魔物の置物、イミテーションの剣などをテーブルの上に並べて見せた。すると狐顔の男は置物を手に取って、軽く叩いたり引っ張ったりした後に、床に叩き付けて壊しやがった。

 狐顔の男は名乗りすらせず、先程の一言を告げて部屋を出て行った。カリーナが呼び止め様としたが止められなかった。所要時間5分くらいだろうか。値段すら聞きもしなかった。本当に興味が無かったのだろう。俺は呆然としてしまった。

 これまで転生前に日本で聞きかじった知識で何となく商人の真似をやれていたが、元々エンジニアだった俺は5分で商品を売り込む様な営業力は無い。この状況で俺に出来る事は無かった。


 そうだよな。こういう可能性だって大きかったんだ。アロイジア公女に爆買いされてから、俺は調子に乗っていたのだろう。迷宮都市ペルレでだって白壁の街テンツラーでだって買わない人間は買わなかったのだ。

 アントナイトはもともと見た目が青く、もの珍しいだけで武器に仕える程の硬度も無いし、衝撃に弱くて調度品としても永年にわたって使える様な物ではない。ぶっちゃけ実用性はほとんど無い金属だ。

 (ひるがえ)って帝国がマニンガー公国で買い集めている物は穀物に鉄等、実利一辺倒な軍需物資である可能性が高い。そう考えると、こういう結果は当然ともいえるだろう。だが、辛いな。


 ヴァルが床に落ちた置物を拾い上げてテーブルに置き直すと、カリーナと二人で黙々と今出した調度を木箱へと仕舞い始めた。仕方ない。ここは諦めよう。レストラン『輝く波』の青の部屋が出来れば、他の買い手も見つかるだろう。まあ次だ。次に行こう。俺達は『天馬の導き』を後にした。




 俺達はレストラン『輝く波』に戻ると、レオナとダミアンに買い出しを頼んで全員でアントナイトの貼り付けを続けた。レオナ達がホットドッグ的な何かや、串焼き、コロッケの様な揚げ物等を買って来たので、それで交代しながら昼食を取る。


「な、なんじゃこりゃ~。」


 3時過ぎ頃に小屋の内壁にアントナイトのタイルを貼り終えたので、オーナー兼料理長のオイゲンを呼んだ。それを見たオイゲンの最初の言葉が上のセリフだった。

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