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まさかアイツか

 扉の外で何か揉めている声がする。面倒ごとなら巻き込まれる前に逃げたい。超逃げたい。しかも探知スキルのせいか、外で揉めている3人組が誰か分かってしまう。俺はヴァルブルガとニクラスに合図すると、二人を盾に部屋の隅に逃げた。

 そうこうしているうちに俺達がいる応接室の扉が蹴り開けられた。ちなみにずっとこの部屋に立っているヤスミーンは、既に貫頭衣を着ている。

 扉の向こうから現れたのは、まずパツンパツンのシャツを着たデカいゴリマッチョ。パツンパツンなのはシャツが小さいのではなく、ゴリの筋肉が張り過ぎなのだろう。次に長身だが細身のスカした金持ち系金髪男。最後に長剣を腰に()いた細マッチョ。


「いるじゃないか。

 おい、ヤスミーンは俺が貰っていく。文句はないな。」


 イケメンはそう言ってテーブルに布袋を置いた。恐らく金貨が詰まっているであろう、それは倒れる事無く立っている。俺は貴族だ、金はある、っていう奴か。いや、コイツは貴族じゃなくて新興商人だったハズ。名前は何だったか。


「困りますよ、エトガルさん。そんな無茶をされたら。

 それにヤスミーンはもう、そちらの外国人に売約済みです。」


 うそぉ、買い手を守ろうよ。こんな揉めてる最中に、買ったのコイツです、みたいのは止めようよ。


「何?」


 と言ってこっちを向く金髪。ついでにゴリマッチョと細マッチョもこっちを向く。確かマッシュとザンだったか。幸い奴らは俺に気付いていない。まあ、記憶にも残らなかったって事か。


「おい、外国人。

 ヤスミーンは俺が買う。お前は(わきま)えろ。いいな。」


 くそ、コイツ完全に俺を見下しやがって。いやまあ、大商会の商会長が零細商会を見下すのは、当たり前かもしれないが。確かに今の俺にコイツに逆らう力はない。だがな、俺にだって意地はある。ヤスミーンが俺を見ている。俺は彼女に頷いてみせる。


「彼女は…。」


「まさか俺に逆らうつもりじゃないよな。

 お前の様な木っ端商人、ユーバシャールで商売できなくなるだけでなく、

 国に帰る途中で山犬に食われて埋められる事だってあるんだぞ。」


 むうぅ。冷静に考えてみればコイツ大手商会の会長だし、コイツに買われるのだっていいんじゃないのか。俺はそういう意図を目に込めて、さっきまで話していた奴隷商の男をチラ見する。男はピクリとも動かないまま、瞳孔を開く。まるで目だけで、やめろ、やめろ、と言っている様だ。


「その、大丈夫なんですか。

 彼女はこの国の権威ある方々の恨みを買っているとか。

 私の様な外国人なら、これっきりにも出来ますが。」


「はん。

 既に手を引く約束になっている。

 なあに、この女は俺の馬としてより権威ある競技場で走らせるさ。

 権威の住人達も満足だろうよ。」


 それって地下競技場的なところだよね。奴隷商とヤスミーンが青い顔になっているぞ。


「それでお前は手を引く、でいいんだよな外国人。」


 ()めんなよ。人が不幸になると分かって、それで自分の保身を選ぶなんて。


「勿論ですよ、旦那。」


 見たか。俺の商人として意地。どんなに空気読めないと思われても、商人として経済的な天秤は狂わせないぜ。奴隷商とヤスミーンがめっちゃ睨んでるが、そもそも俺この件、あんまり関係ないし。

 まあでも、このエトガルに馬鹿にされたのは2回目だから、今に目にもの見せてやるぞ。そう、けちょんけちょんだ。ユルゲンさんにチクるとか。

 その後、俺は壁沿いでエトガルがヤスミーンを買って行くのを眺め、彼らをお見送りしてから、自分の商談に戻った。何か素馬車引きで、借金のカタに売られたような奴ばかり護衛用の奴隷として高値で紹介されたので、今回は見送った。




「ご主人様、さっきのは幾ら何でも。」


 奴隷商を出て歩いていると、ヴァルが言い出した。


「言うな。俺だって気は(とが)めたさ。


 だけどな、地元の大商会と喧嘩しちゃあ、

 よそ者の零細商会なんてやっていけないんだよ。」


「ご主人の対応は正しい。それが大人ってモノだぜ。」


「むぅ。」


 俺に追随するニクラス。膨れるなヴァル、元々怖い顔が形容しがたくなるぞ。俺がふと見上げると、行きにも見た穴の開いた小屋が見えた。


「なあ、アレ。レストランだよな。

 気分転換に行ってみようぜ。」


 そう言って、俺は丘の上のレストランへと足を向けた。




 そのレストランは高級店、という事も無いがちょっと小洒落た店で、その素朴な木造の建物や柵は全て白く塗られていた。時間は4時頃だろうか。大きな建物に入って行くと、夕食にはちょっと早いせいか客は誰もいない。

 中に入って突っ立っていると、調理場の扉が開いて顎の四角い如何にも頑固親父風の男が出て来た。


「客かい。好きなところに座ってくれ。

 今日のおすすめは赤身魚のアクアパッツァか、子羊のローストだ。」


 アクアパッツァは魚介と野菜の出汁とオリーブオイルで煮た様な料理だったか。調理はイタリアン風だろうか。折角、港町に来ているのだし、ここは魚介で行くべきだろう。

 おすすめの赤身魚を頼んで、出て来たところを一口食べる。美味い。出汁が効いていて、さっぱりした口当たりながら味が深い。

 飯もいいが、他の客が来る前にあの小屋の穴について聞いてみたいな。俺は親父が通りかかったところで声を掛けた。


「くぅ~、うまいぜ。」


「ありがとうよ。」


「ところでさ、下から穴の開いた小屋が見えたんだけどさ。

 アレ、どうしたんだ。」

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ここまで保身に走る主人公ははじめて
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