新商会
「悪いね、レン。
米を運ぶ為の商会はこのヨアヒムが中心となって立ち上げる事になった。」
菓子店のマルゴットが前置きも無くそう切り出した。競技場に行った日の夜、マルゴットからの伝言を受け取った俺は、翌日金貸し大手のハンゼン商会に来ていた。マルゴットから面会場所としてランマース商会ではなくハンゼン商会を指定されたからだ。
今はハンゼン商会の応接室でマルゴット、ハンゼン商会のトカゲ顔の男ユルゲン、そしてたった今しょうかいされた青年ヨアヒムとテーブルを挟んで対面している。俺の隣には金髪美人カリーナが座り、俺達の後ろには俺の護衛のヴァルブルガとダーミッシュ商会に付けてもらった護衛のイアンが立っている。
俺は紹介されたヨアヒムという青年を眺める。細身でやや頼りない雰囲気はあるが、押せば倒れそうという程ひょろひょろなわけではない。着ている服の仕立ては良く、商会でそれなりの立場の人間か貴族の子弟かもしれない。
「彼は私がお世話になっているドレーゼ子爵の三男なのですよ。
ほーっほっほっ。」
太っているくせに爬虫類の様に冷血そうな目をした男ユルゲンは、確か自分を清廉潔白な金貸しと言っていたが、彼は公国の法務大臣相当のドレーゼ子爵の後ろ盾を受けていて、かなり真っ当な金貸しをしているらしい。まあ、大手なのだから当たり前か。
「ヨアヒム・ドレーゼだ。君がレンか。
何だか君の発案を奪う形になって済まないが、よろしく頼むよ。
この仕事を聞いた時、これだと思ってね。
父上にも頼み込んで何とかこの役を任せてもらえる事になったんだ。」
ユルゲンの話ではドレーゼ子爵には3人の息子がいるらしい。長男はまあ順当に法務大臣を継ぐべく育てられていて、特に能力に不足は無くそうなる予定である。次男は文官家系のドレーゼ子爵家には珍しく武術を修めて公国の騎士として仕官している。
最後に目の前のヨアヒムだが、ほどほど勉学も出来るが次期大臣候補の長男ほどではなく、武術の修行もしているが平均的な兵士のレベルで騎士になるにはやや体格が足りないらしい。そして本人も今22歳になっているが、何をしたいという希望もなく子爵の事務手伝いをしていたと言う。
そんな彼がユルゲン経由で今回の話を聞き、兄達とは違う商人という道を是非やりたいと言い出し、ドレーゼ子爵も独立資金としてそれなりの額を出すとなったと言う。
まあ、このままでは兄の家臣になるわけで、職業選択の自由の無いこの辺の国々ではそれも普通の事だが、微妙な立場となるのでそれが嫌だという者も多いだろう。食うに困る者も多い平民には贅沢な悩みだが。
そうして新商会はヨアヒムを商会長とするエーレ商会となり、資本金はドレーゼ子爵の出資によって俺の想定の2倍の金貨400枚(4000万円)、俺の出資比率は5%の金貨20枚となった。もっとも俺の現金出資は金貨10枚で残りはアドバイザリー料である。
俺の出資比率についてはマルゴットやユルゲンが気を使ってくれたのだろう。まあ、俺としても今回のアントナイトを売り切ればペルレに戻るので、新商会をずっと面倒みるわけにはいかない。そう考えると、アドバイザーとして協力するくらいが丁度いいか。
そしてこの話の報酬である帝国の商人の紹介も、3日後に面会させてもらえると約束してもらえた。カリーナから聞いたサンターナ商会のリコ・アコンチャ本人に会えるかは分からないが、それでも帝国船の船乗りや帝国から来ている兵士に袖の下を握らせるよりも可能性は高いだろう。
さらにユルゲンからは懇意の奴隷商を紹介してくれると言って貰えた。人手は足りているといえば足りているが、熟練の戦士が安かったり希少な魔術師が出ていれば買いたい。何だか今後戦力を揃えた方がいい気もするし。
ハンゼン商会を出た俺達はユルゲンに紹介された奴隷商会に向かった。今はカリーナ達と別れて俺とヴァル、商会前で待たせていたニクラスの3人である。ハンゼン商会はユーバシャールでも中央通りの、さらに中心付近にあるのだが、奴隷商は割と中心部からは離れたところにあるらしい。
ユルゲンの紹介なのでユーバシャールでもかなり真っ当な奴隷商なのだが、それでもどこか後ろめたくて中心からは離れているのか。いや、港とは反対側なので、逃げ出した奴隷が密航しない為の用心か。
ユーバシャールは丘の上の公王の城から港に向けて、丘の南側に広がっている。中央通りは丘の中腹よりもやや南側にあって東西に延びていた。俺達は東にある奴隷商に向けて歩いていたが、目的地の裏手の丘の上、きっと港の見える景観良さそうなところに平屋の建物が見えた。
建物は大きい物が1つに小さい物が3つ固まって立っている。なんとなく食堂に見えるが、高級レストランだろうか。小さい物はヴィラというのか、違うかもしれないがレストランの個室の様な役目の小屋な気がする。
だが、その小屋の1つは何があったのか、大きな穴が開いていた。泥棒でも入ったのか。いや、レストランの個室に入る泥棒はいないか。そうすると客が暴れたのか。気にはなるが、俺には関係ないか。
そんな事を考えている内に、俺達は奴隷商に到着した。




