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誘拐

「アリー。」


「じょ、冗談だ。」


 女騎士が底冷えのする低い声で一声掛けると、公女は慌てて取り繕う。そうして微妙な雰囲気のまま、取り調べから流れ込んだ食事会はお開きとなった。




 アロイジア公女にヴュスト砦に呼び出された翌日、雨は止まなかった。結局3日目も『海獣の唄声亭』に引き籠り、午後は公女に呼び出されて暇つぶしに付き合わされる事になる。今日はペルレ大迷宮探索について話したが、これもウケた。

 とは言え、ただで拘束されるのも面白くない。そこで、俺はちょっとばかり公女様に売り込みを掛けてみた。


「公女殿下、オレンジ色の花が飾られていますが、それはマリーゴールドですね。

 お好きなのですか。」


「うむ、まあな。

 色も可愛いし、沢山咲いて華やかだからな。

 私が水をやって世話をしておる。」


「乾燥にも強いですし、

 多少の水やりを忘れても枯れませんから、アリー様向きですね。」


「おい、それでは私がガサツみたいではないか。」


 くそ、コイツ等また漫才を始めやがった。負けるか。


「自ら花の世話をするとは、

 公女殿下は繊細でお優しい方なのですね。」


「まあ、それほどでもあるが。」


「しかしオレンジの花には、

 白の花瓶よりも青い花瓶の方が、補色の効果も狙えて、

 より花が映えるというものです。」


「そ、そうか。だが青い花瓶はここには無いのだ。」


「ではこちらなど、如何でしょう。

 アントナイトのラメで飾られた花瓶であれば、

 オレンジの花によく合う上、

 公女殿下に相応しいスタイリッシュさと、高級感を兼ね備えております。」


「むむっ、確かに。」


「こちら銀貨20枚(2万円)となります。」


「うんうん、まさにその通りだな。

 それを買おうではないか。」


 よしよしノッて来た。


「青の素晴らしさを、ご理解頂きありがとうございます。


 青と言えば、マニンガー公国を象徴する海と空の色。

 航海の危険を乗り越える勇気と、どこまでも羽ばたける自由を表す色。

 そこでこの青いアントナイトの燭台を。」


「なかなか分かっているではないか。

 それも買うぞ。」




 そして2時間後。


「ここにペルレ大迷宮に潜む恐ろしい怪物、

 恐怖蟷螂(テラー・マンティス)の姿を1/100スケールで再現した、

 青いアントナイト(フィギュア)が。」


「おお、これが先程の話の。

 これも買ったぞ。」


「その辺にいるカマキリと同じでしょうに。」


 昨日は積み荷を2つばかり献上したが、今日は20点の品をご購入頂いた。全部で金貨10枚(100万円)。さすが公女様。さす公。

 さらに翌日、やっと雨が止んだので、俺達は出発する事が出来た。一応、ヴュスト砦にご挨拶に行ったが、門番に言付けで終わるかと思いきや、公女の執務室に呼ばれておしゃべりに付き合わされた。





 ヴュスト砦を出て街道を進む俺達。出発した日は雨から一転カラッと晴れて、ぬかるんでいた地面も午後には乾き始める。

 それからの道中は砦こそなかったもの、毎日の宿には街道沿いの宿場を利用する事が出来た。カウマンス王国よりも森が少ないのか、街道が森を避けて通っているのか、魔物や盗賊が隠れられそうなところも少なく、特にユーバシャールに近付くにつれて街道沿いに農場なども見られるようになった。

 街道を進むと隊商とすれ違う事もままある。また一度は地球のコモドオオトカゲの様な、体長2m程のトカゲ数匹の群れを見掛けた事もあった。幸い街道から10mは離れていたからか、こちらが荷馬車2台に10人以上の人間がいたせいか、明らかにこちらに気付いているにもかかわらず近付いては来なかった。




 そうしてあと1日でユーバシャールに到着するという所まで来ると、農園の木々にオレンジが()っているのを見掛ける様になった。乾燥した大地にオレンジと海、俺の勝手なイメージだがスペインっぽい。

 さらに空気に潮の匂いが混じり始める。


「おい、あれがユーバシャールじゃないか。」


 そう声を上げたのは、隊商で一番視力の良い弓使いのフランクだ。俺は荷馬車の上から指差された方角を見たが、その時はまだ何かの陰しか見えない。テンツラーを出発して10日、ペルレを出発して23日目の午後の事だ。

 だが、荷馬車が進むにつれて段々俺にも見えて来た。その街は周囲に比べてやや小高い丘の上にあり、丘の左右に段々と海が見えて来ると内陸育ちで海を見た事ない面々、つまり俺以外全員が、ざわざわとし始める。


「レンお兄~ちゃ~ん、海だよ。

 見えてる~?」


 後ろの荷馬車からレオナが呼び掛けて来る。俺は軽くふり返って、手を振って分かったと合図をした。




 ユーバシャールの外壁の前に着いたのは、街の陰が見えてから1時間も経ってからだった。丘の上にある街中は外壁より高い位置にあり、外壁越しに街の建物が見える。特により高い位置にあるのか、尖塔を備えた王城と思われる建物が良く見えた。

 外壁の前には長い列が出来ていた。並んでいると、周辺の街や村から来たと思われる男達が、街の中で行われている競技会の話で盛り上がっていた。大声の男達の猥談の様な雰囲気が気になったが、近くに並んでいる者に聞いても競技会は健全な物の様に思われた。

 何にせよ、2時間並んでやっと街中に入れたので、俺達は長旅の疲れを癒すためにも真っ先に宿を探し始めた。

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