第三公女
いかん。訳が分からないが、ここで黙っているのは最悪だ。とにかく否定しなければ。
「滅相も無い。
私は真面目な商人でして、決してスパイなどではございません。
何か誤解があると思うのですが、何故私がスパイであるとお考えに?」
「ほう、白を切るつもりか。
だが、其方はわざわざ国境を越えてテンツラーに辿り着いたにもかかわらず、
ほとんど商売をしないで公都を目指して進んでおる。
しかも10人近い武装した男達を引き連れてだ。
これは公都で何か密命を果す為ではないのか。」
んーっ、なるほど。誰かの罠でスパイ行為を示す書類が見つかったとか、密告があったとかではなく、怪しいから職務質問している様なものか。街道を通る商人を妨げてないというカウマンス王国とマニンガー公国の間の協定はあるからそれを盾に突っぱねる事もできそうだが、第3公女の体面を潰せば遺恨が残って後々面倒な事にもなりかねない。
面倒臭いが、こちらが下手に出て機嫌を取るか。
「お待ちください公女様。
公都を目指しているのは、テンツラーでは捌き切れない程の高価な商品を運んでいるからで、
護衛が多いのもその為でございます。
よろしければ、私どもの商品をご覧頂けないでしょうか。」
すると、公女は目を細めてこちらの様子を窺ってから口を開いた。
「ふむ、そこまで言うなら見てやろうではないか。」
よし、よし。流れは悪くないぞ。入室してすぐにスパイ容疑を掛けられたので、俺達はまだ入り口近くで立ったまま控えているが、そのままヴァルブルガに木箱を開けさせた。俺は箱からまず飾り剣を取り出し、跪いて鞘のままのそれを掲げた。
「まずはこちらをどうぞ。」
「ふむ。」
公女が壁際にいる侍女に目配せをすると、まず侍女が俺から剣を取り上げる。そして、彼女の横にいた騎士風の女性が侍女から剣を受け取って、鞘から抜く。
「む、これは。」
女騎士が刀身を見て反応したところで、俺は説明を始めた。
「イミテーションのミスリル剣でございます。
刀身は本物のミスリルではなく、アントナイトというミスリルに似た青い金属でメッキしてございます。」
「何だ、本物では無いのか。
まあよい。エリーザ、それをこちらに持って参れ。」
公女は女騎士から剣を受け取って刀身を眺める。
「ふむ、確か母上の調度の中にこの様な色の金属があったか。
あまり新しい物は無かった様に記憶しているが。」
「はい。ミスリルほどではありませんが、アントナイトも中々希少な金属でございまして。
長年流通が止まっていましたところ、最近私どもが迷宮から発掘し、
提供を始めたところでございます。
そちらの剣は、私どもでは金貨1枚(10万円)の値を付けさせて頂いております。
また、こちらの宝石箱は銀貨20枚(2万円)でございます。
よろしければ、どちらも公女様にお収め頂きたく。」
宝石箱も侍女さんに取られて確認された後、公女様の手に渡って見分される。公女様の表情は、入室した時の渋面からすっかり興味深げに変わっていた。チョロくない、この公女様?
「うむ、これは私がもらっておこう。
苦しゅうない。」
そこで、女騎士が会話に割り込んで来た。
「アリー様、初めて賄賂を貰ったからってニヤけ過ぎですよ。」
「馬鹿者、ニヤけてなどおらぬわ。」
「それで、この商人はもう解放しても良いのでは。」
「いや待て、カウマンスからの旅について話させれば、
ボロが出るかもしれん。」
「素直に暇だから旅の話が聞きたいと言えばいいのでは。」
「暇ちゃうわ!
もう執務机からちっとも離れられなくて、辛いわ。」
「この1ヶ月で、今が最も長く机に座っていると思いますが。」
何だろう、この公女と女騎士の漫才。既に俺の事は目に入ってないし、もう帰っていいんじゃないだろうか。ダメなんだろうなぁ~、こちらに気付くまで待ってないと。ふぅ。
結局、俺は公女と夕食を取りながら、ペルレからの旅の出来事を洗いざらい話す事になる。ヴァル達奴隷組は別室で夕食を貰った様だ。特にハイエナ獣人とバグベアの話は盛り上がり、カウマンスの騎士がマニンガーの騎士に捕まった話は爆笑だった。
また公女はおしゃべりなのか、砦暮らしに飽き飽きしていたのか、俺が聞いていいのか? と思う事まで話してくれた。
まず、今インカンデラ帝国の貴族が軍事協定を結ぶ為に公都ユーバシャールに来ているらしい。そこで、砦の前任城主であるアイスナー子爵は会議に参加する為にユーバシャールに行く事なった。これと入れ替わりにアロイジア公女が砦の城主に就任。これが1ヶ月前の事。
何故公女を砦の城主などにと思ったが、女騎士エリーザによると、公女が公都にいてインカンデラ帝国の貴族に目に留まって、婚約をなどと言われては困るので遠ざける為だったらしい。ちなみにこのエリーザさん、薔薇の騎士と呼ばれるマニンガー公国の近衛騎士らしい。なんか、カッコいいな。
砦に来た公女だが、砦の日々の運営は文官がするし、武官でない彼女が兵士の訓練など出来るわけも無いし、ぶっちゃけお飾りなので狭い砦でやる事が無い。そんな時、砦の前の宿にカウマンス王国から来た商人が滞在している、彼がスパイだったら面白かろうとなったらしい。何て迷惑な。
そしてもうお開きという雰囲気になった時、公女がまた暴言を吐いた。
「レンよ、私を誘拐してみないか。」
「断固、お断りさせて頂きます。」
「何故だ。
私の様な美少女を攫うなんて、男子の本懐であろう。」
この美少女を殴りたい。




