ヴァルツェル大橋
テンツラーを出発し、街道を進む俺達。この辺りは森もなく、平原が続く。とはいえ、それなりに起伏はあるので、何かいてもある程度近付くまでお互いに視認できないだろう。まあ、俺は探知スキルがあるので何かいれば分かるのだが。
さすがに森よりも見通しの良い平原でテンツラーの様な大きな街の近くには、大型の獣や盗賊などはいない様で、俺の探知スキルにもネズミや猫以下の大きさの生き物しか引っかからない。そういえば、カウマンス王国内よりも野草の生え方が疎らで、土が露出しているところもチラホラ見える。
季節的には今は初夏に当たり、やや暑くなって来たが、空気は乾燥している様だ。水が少ないから、野草も少ないのだろうか。そういば、葉が肉厚で観葉植物みたいなのも生えてるが、水を蓄えて乾燥に耐える為かもしれない。
テンツラーを出て1日、夕方に野営地に着いた。ここは空き家なども無かったので俺達は天幕を立てて休む。そして翌日の昼頃、街道を進んだ俺達はヴァルツェル川の前に来ていた。ヴァルツェル川の川幅は海に近いせいか、ライマン付近のツェッテル川やファイト川の川幅よりもずっと広く、300mを超える。
そして、この川の対岸まで長さ500m近い石橋が掛かっている。幅は8mくらいあり、橋の上で2台の馬車が十分すれ違える。橋は15くらいのアーチで支えらていて、地球で言えば14世紀くらいのローマの橋に似た雰囲気だ。
「すげぇな、ツェッテル川の橋の倍はあるぞ。」
傭兵団『鉄の盾』のチャラ男ダミアンの大声が聞こえる。元気そうだがバグベア戦で負った怪我は大丈夫なんだろうか。まあ、確かにこの橋は結構凄い。ダミアンほど騒ぎはしないが、他の者もみな興味深げに見たり、近くの者と言い合ったりしている。
テンツラーを領都とするパラディース子爵の領地はこの川までで、この先はマニンガー公王の直轄地となる。川を渡ってしばらく街道を進んでいると、パラディース子爵の領内よりも街道の石畳や周辺の整備がしっかりしている様に見えた。
カウマンス王国側のオーフェルヴェック伯爵もそうだが、マニンガー公国のパラディース子爵も国境争いをしているせいか、街道整備には手が回らないのかもしれない。それに比べてマニンガー公王の直轄地ともなると、しっかり人手が回せるのだろう。
その日の夕方、俺達はヴュスト砦に到着した。砦は街道に隣接しており、50人近くのマニンガー公の兵が駐屯しているらしい。日本の県境と同様、領の境は治安が悪くなりがちなので、領境を警備する為と、パラディース子爵領に万一があった時の為にこの砦は置かれているのだろう。
砦を当てにしてか、街道沿いには数軒の商店や酒場、宿屋が並んでいる。砦の前で商店を襲う盗賊もいないだろうし、魔物の襲撃も砦が対処してくれると期待しているのだろう。
俺達はその中から、『海獣の唄声亭』という宿に投宿した。別に海の近くという訳でも無いのに何故海獣かと思ったが、宿の主人が元船乗りらしく、その時手に入れたクジラかイルカの頭の骨を宿のエントランスに飾っていた。
『海獣の唄声亭』に泊まった翌日、朝から雨が激しく降り出した。現代日本なら雨だから仕事を休むなんて無いだろうが、この辺の国の人々は雨が降ったら外に出ないのが常識なので出発は延期になる。
だがこの雨は2日間降り続き、俺達も宿に引き籠る事になる。そしてその日の午後、俺は砦の城主に呼び出された。全く心当たりが無いが、兵士も理由は言わないし、断るとか逃げるとかするわけにもいかないだろう。しかたがないから、ご機嫌取に土産物でも持って行くか。
テンツラーで聞いたが今の砦の城主はダーヴィト・アイスナー子爵という男性で、領地を持たないがマニンガー公国軍の幹部らしい。歳は40歳くらいか。まあ、軍人ならちょうどミスリル剣のレプリカで、アントナイトの飾り剣があったから、それと奥様用にアントナイト飾りの宝石箱でも持って行けばいいか。
俺はヴァルブルガ、クルト、ニクラスを護衛として他の者を宿に残し、雨の中を砦へ訪問する事にした。くそ、ビショビショになるじゃねぇか。
砦に入るとここからは一人で行く様に言われたが、俺は城主様への贈り物を運ぶ荷物持ちという名目で木箱を持たせたヴァルを伴って城主の執務室の前まで進む。
そして石造りの砦の中、執務室の分厚い木製の扉を開くと、そこには煌びやかドレスを着た金髪の美少女が執務机に座っていた。彼女は両手を組んで肘を突き、その手のアーチ越しにこちらを窺っている。
「し、失礼します。
トルクヴァル商会のレンと申します。お呼びと聞き、参上したのですが。
あの、ここで城主様をお待ちすれば良いのでしょうか。」
その言葉に美少女は眉根を寄せる。
「私がこの砦の城主、マニンガー公国第3公女、
アロイジア・マニンガーである。」
えっ、城主ってダーヴィトってオッサンじゃないの? この美少女が城主? って言うか第3公女って? 情報が渋滞です。20㎞くらい渋滞しています。俺がパニクって黙っていると、公女のさらなる一言が俺を凍り付かせた。
「其方、カウマンス王国のスパイであろう。」
「は?」




