白壁の街テンツラー
テンツラーは紛争中の国境に近いせいか、石の壁に囲われた街となっていた。シェードレの黒壁に対抗してか白壁の街と言われているが、実際の壁の色は白よりも薄卵色というか薄い肌色と言った方が近い色をしている。
マニンガー公国の街に来たのは初めてだが、カウマンス王国とあまり差は感じ無い。ただシェードレよりはやや明るいというか、活気がある様に感じた。今は国境が北に押し上げられて、戦線が若干離れたからだろうか。俺はここに3日滞在し、アントナイトの販売を試みる事にした。
「ええっ、レンお兄ちゃん。私が売り子するのぉ?
カリーナお姉ちゃん、どうしよう。」
「ユリウスさんにも、存分に使ってくれて言われたからね。
いい経験になると思うよ。」
「そうね、レオナ妹ちゃん。
私も頑張るから、あなたも頑張りなさい。」
折角人数がいるので、俺とヴァルブルガ、クルトでインゴットを売りに金細工師を回り、レオナとマルコ、『鉄の盾』のリーダー・イアンとダミアンで露天販売、カリーナとゲルト、『鉄の盾』のエルマー、フランクで商会の飛び込み営業をしてもらった。ニクラスと『貨幣の収穫』の二人は荷馬車の番である。
幸いな事にアントナイトはここまで出回っていない様で、俺が金貨1枚(10万円)、レオナが銀貨50枚(5万円)、カリーナが金貨3枚の売り上げを上げる事が出来た。これはペルレの相場より3割増しくらい当たる。なお荷馬車の倉庫使用料や14人分の宿泊費を払うと、この街で差し引き金貨2枚の利益というところ。
時間を掛ければこのテンツラーでも、もっとアントナイトを捌けるかもしれないが、船で遠方の地に持って行ってもらった方がこちらでの流通量を減らす事が出来るので、やはりユーバシャールまで行ってどこかの商船に売りたいところだ。
また、俺達は毎日夕食時に俺とヴァル、ニクラス、レオナとマルコ、イアンとカリーナで集まって情報交換を行った。
「う~ん、海が近いせいか塩や、海外から来る香辛料等が若干安いか。
あとはカウマンス王国とは違う人種をチラホラ見掛けるな。」
「はい。
それとやはり、買い手の大本命はインカンデラ帝国の商船ですわね。」
俺の言葉にカリーナが付け足す。
マニンガー公国の公都ユーバシャールには最近、東にあると言われる軍国主義の帝国インカンデラの商船が来る様になったらしい。インカンデラの商船は、この辺では作れない様な目の細かい絹の生地やら彫金細工を売りに来て、逆に穀物等の食料品や鉄のインゴット等を大量に買っていくらしい。
インカンデラ帝国はマニンガー公国やカウマンス王国よりも製造技術レベルが高いらしいが、輸出している品目からは武器等が綺麗に抜けている。逆に輸入している物は決して珍しい物ではなく、それどころか極一般的な品だが、見方によっては軍事物資のストックを増やしている様にも見える。
鉄は北のラウエンシュタイン王国から、中央のカウマンス王国を通って南のマニンガー公国に流れてくる。カウマンス王国で金属卸の大手をやっているダーミッシュ商会が知らないハズが無いが、ユリウスさんは現地情報も集めさせるつもりで俺を送り出したのだろうな。だったら一言欲しかったが。
「レンお兄ちゃん、レオナが露店をやってる時ね。
サイード様の説法を聞きに来ないかって、何度か神官の人が来ていたよ。」
インカンデラ帝国と並んで、俺達の注意を引いたのは同様に海の向こうのサイード教国の影響だ。サイードで信仰されている星の神に名前は無い様だが、マニンガーの民衆の間ではサイード様と言われている。公国内では、数年前からサイードから渡航して来た神官達によって星の神の信者が増えてきているらしい。
またサイードではナビシャイブ競技祭という神へ奉納する為の競技大会が行われている様だが、同じ様な種目の競技会がマニンガーでも行われる様になって、市民の娯楽として定着しているらしい。つまりそれ程、公国にはサイードの宗教・文化が流入しているというわけだ。
宗教国家って日本で見た小説や映画ではだいたい関わると面倒なので、俺としてはなるべくスルーしたいんだがなぁ。
そういった商売と情報収集をしながら、俺達はユーバシャールへの旅の準備も進めて行く。テンツラーからユーバシャールの間には宿場はともかく、ライマンやシェードレの様な大きな街はないらしい。およそ7日の距離だが、念のため食糧や薪等の消耗品は念の為10日分は用意しておいた。
そして、テンツラーから出る前に最後の確認をしておいた。
「オグナス、本当に行けるんだな。」
「当たり前だどぉ。別に怪我したわけじゃ無いし、こんなの全然大したことないどぉ。
それに神殿の治療を受ける様な金は無いし、
休んだって、いつ治るか分からないから働くどぉ。」
俺が聞くと、オグナス本人ではなくシグチーが食い気味に唸る。そう、オグナスはバグベアの目の幻覚が見えるという障害が治っていない。そのせいで夜、眠れなくなったままなのだ。
それで護衛を続けられるか心配だったのだが、俺がオグナスを見ると、彼もしっかりと頷いた。
「大丈夫だ。俺はやれる、心配すんな。」
本人がやれるというのだから、それを信じよう。ここで急遽信用のできる傭兵を雇う様な伝手も無いしね。
そんなこんなで準備を整えると、俺達はユーバシャールに向けてテンツラーを出発したのだった。




