赤い目
シェードレを出て2日目、マニンガー公国の騎士クリストハルトと出会った日の夕刻、村落の廃墟の様なところで野営した。
ここは20軒くらいの空き家があったが、そのうち状態のいい物は5軒くらいで、そこに俺とヴァルとニクラスで1軒、カリーナ姉妹で1軒、『鉄の盾』の4人で1軒、『貨幣の収穫』と御者2人で1軒に分かれて泊った。
なお、クルトには俺の家の馬屋に寝てもらい、クルト、ニクラスと傭兵達には荷馬車の脇に作った焚火の前で交代で不寝番をしてもらっている。
この日の真夜中過ぎ、俺は探知スキルで廃村の外から何かが近付いて来る事に気付いた。俺は何かが来るとヴァルブルガを起こして武装させ、クルトも連れて荷馬車の前で夜番をしている傭兵達のところへ行った。
そこでは二クラスと『鉄の盾』のチャラ男ダミアンが焚火の前で見張りがてら雑談をしていた。俺は、何かが森から近付いているので、とにかく他の者達を起こして武装させて来て欲しいと言って、ダミアンとニクラスには『鉄の盾』の家に走ってもらう。俺達は『貨幣の収穫』の家に向かった。
そうして俺は御者達に空き家で待機させ、武装した傭兵達を焚火の前に集めた。俺は傭兵達に森で何かが光ったとか、木の折れる音がしたとか言って、その何かが近付いている方を示した。だが、ダミアンがそんな音は聞いていないと言い出して、揉め掛ける。
しかしその時、確かに森の方からバキバキと音が鳴って何かが近付て来るのが分かった。その場で傭兵達に警戒させ、俺はヴァル達を連れて敵とは反対方向のカリーナ達の家に向かった。
一応、家の前で声を掛けてから、俺とクルト、ニクラスが外に残り、ヴァルに起こしに入らせた。中ではカリーナ達が身支度を始めた様だが、その時この野営地の中、敵がいると思われる辺りから大きな音がした。家屋を蹴るかした様な木の軋む音だ。
その音を聞いて驚いたのか、カリーナ達は着替えの途中で飛び出した様だ。カリーナは下着に近い薄いワンピースの様な物1枚だし、レオナは短パンの様な下着と胸に晒の様な物を巻いただけの姿だ。そうか、胸が大きいとロリに見えないからレオナは晒で締めていたのか。
続いてもっと大きな音がする。カリーナ達は怯えていた様だが、俺の探知スキルで気配を探ると敵は傭兵達に取り囲まれている。若干、敵は傭兵達よりも高い所にいる様なので、敵はどこかの家の屋根にでも上がっていて、傭兵は地上で取り囲んでいる感じか。
すぐにこっちに来そうも無かったので、カリーナ達には着替える様に言って家に下がらせる。ちなみ、カリーナは現代日本で言うと裸にワイシャツ1枚みたいでとても良かった。裸ワイシャツと晒パンツ、少しだけ今来ている敵に感謝したくなった。
カリーナ達が外に出て来たところで、戦いの喧騒や怒声が聞こえて来る。ついに敵と傭兵達の戦いが始まったか。御者達も音に驚いたのかこっちに来たので、建物の陰に隠れてろと手を振る。
建物の陰に隠れながら近付いて様子を窺うと、半壊した家の前に奇妙な生き物が見えた。地球の知識を元にするとゴリラとかオランウータンだろうか。毛が長いところはそう言う種類もいるかで済むが、頭はもっと大きく口からは乱杭歯が上下に飛び出している。
体を伸ばせば体長3m近くありそうだが、猫背になっているので体高2mそこそこか。四つ足になる時もあるが、後ろ脚だけで立ち上がる事も出来るらしく、手か前足で傭兵達の槍を振り払っている。
『鉄の盾』の3人は盾と槍を持ち、俺から見て右側から固まって槍で突いている。一人が槍を振り払われて体勢を崩しそうなると、別の二人が槍を突き出して敵に追い打ちを掛けさせない様にしている。もう一人は獲物が弓なので、5mかそこら後ろで矢を射かける機会を狙っている様だ。
『貨幣の収穫』のシグチーは俺から見て左側から盾で身を固め、鉄球を振り回している。シグチーの武器はモーニングスターというのか、5つの棘付き鉄球に鎖が付いており、それが1つの棒から伸びている。そしてオグナスもそのすぐ横で両手で斧を握って同じ様に、敵の手を切り落とそうと振り回している。
だが、敵は『鉄の盾』の槍と『貨幣の収穫』の鉄球や斧を同時に相手にして手で振り払い、足を止める事無く後ろに飛び下がったかと思うとまた前に飛び出し、あるいは腕を振り回して回転させる等、機敏に動き回って多数を相手にしても負けていない。どちらも自分が真面に攻撃を喰らう程、踏み込まず距離を取っているからかもしれないが。
「ご主人、あれはバグベアですぜ。」
ニクラスが俺に解説する。
「そんなのが街道に出るなんて聞いて無いぞ。」
「あんなのがどこにいるかなんて、誰も知らねえですぜ。
なんせ俺だって子供のころ母ちゃんに、
悪さをするとバグベアが来て食われるぞ、って脅されてたけど、
本物なんて初めて見ましたからね。」
伝承級に珍しい魔物って訳か。デカいからってすっトロイなんて事も無くなかなかに俊敏だし、馬車を牽いては逃げられそうも無い。力も人間とは比べ物にならないのだろう。
くそっ、1匹だからって軽く見過ぎたか。今のところ傭兵達に被害はない様だが、6人掛かりで決め手に欠けている。持久戦になって有利なのは、数の多い傭兵達か、それとも体の大きいバグベアだろうか。
そんな時、バグベアの皿の様に大きな赤い目が、俺の方を見た。




