ティータイム
「なんと、こんな危急の時に茶など不届き千万。」
声高に喋る若い騎士にヴァルブルガが剣に手を掛けて前に出ようとするが、俺はそれをそっと止めて聞いた。
「失礼ですが、騎士様。
危急の時とは如何な事態が起きているのでしょうか。
我らは弱き商いの者共、恐ろしき事が起きているなら逃げねばなりません。」
「我らヴァルザー男爵旗下の強者が、
命を賭して悪逆非道のパラディース共から父祖の地を取り返そうとしているのに、
自らの命惜しさに逃げよう等とは何事だ。」
うん。大体分かった。コイツ等マニンガー公国のパラディース子爵かその手下の領地に攻め込んで、負けて逃げて来たカウマンス王国の騎士だな。何か焦ってるし、怪我はしてないみたいだけど埃まみれだし。さて、どうするかな。
「何と、ヴァルザー男爵様とは。
恐れ入りますが、貴方様のお名前を伺ってもよろしゅうございますか。」
「我は、ヴァルザー男爵アーダルベルトが第一子バルドゥイーン。
他は我が臣下の騎士である。」
嫡男じゃなくて、第一子か。兄弟に負けそうで手柄欲しさに無茶をしたパターンか?
「我らは高貴な騎士様方と違い、戦が起こればただ頭を隠して震えているしかない者共です。
もし脅威が迫っているなら、お守り頂けませんか。お礼はしますので。」
お茶を沸かした時の煙を見てこっちに来ているみたいだから、もうちょっと粘れば来そうだな。
「ふむ、商人よ。今は国家存亡の危機である。
そなたの荷は国防の礎として、そなたの兵は我らが盾として使ってやる。
そなたの女達には英雄を慰める栄誉をくれてやろう。
さあ、感涙にむせび泣き、我に感謝するが良い。
なあに、そなたも雑用係として我が供に連れて行ってやる。」
あーっ、馬鹿発見。たぶん、こっちの八人で勝てるんだけど、カウマンス王国の騎士っていうのが面倒臭いな。後ろの騎士も、「おーっ、おーっ」だの「ぐへへへっ」だの五月蠅いし。
「お待ち下さい騎士様。
『南の商人街道』の上にいる商人の通行は、
妨げてはならぬという協定がございます。
どうかご無体はなさいませぬよう。」
「何と無礼な。
協定など時勢によっていくらでも変わる物。
ましてやマニンガーとの協定など何をか言わんや。
それに我らに仕える栄誉をくれてやろうと言っているのに、
道理の分からぬ痴れ者よ。ここで叩き切ってやる。」
「それは恐ろしい。
ところで騎士様。
貴方様方が来た方向からまた騎士様方がお越しになるようですが、
お身内の方々でしょうか。」
「何だと。」
めっちゃビビってる。バルドゥイーン達が馬を巡らせると、後ろから騎士の一団が迫って来ていた。その数15騎。
「おい、そこの兵ども。前に並んで敵を防げ。」
「いえ、この兵は我らの荷を盗賊共から守る者。遺憾ながらお貸しする事は出来ません。」
「ええい、下民風情が高貴なる我らに逆らいおって。
天誅を下してやる。」
「その前に、ご到着の紳士様方にご挨拶申し上げた方が良いかと。
こんにちは、騎士様方。今日は遠駆にはピッタリの気持ちのいい天気ですね。」
俺はバルドゥイーンの相手もそこそこに、後からやって来た騎士に挨拶した。
「ふむ、こんにちは商人殿。
ところで我らはそちらの騎士達に用事があるのだが、
もしやその方とも縁のある者達なのかな。」
「縁と申しましても、
先ほど初めてお会いして、積み荷と兵と女を寄越せと言われた奇縁でして。」
「何と、この『南の商人街道』の上でか。
協定を破れば自国の王にも恥をかかせる事になるのに。」
「馬鹿を申すな、国への奉仕は栄誉である。
それを寄越せなどとは不心得者め。」
俺と新しい騎士が穏やかに話す中、バルドゥイーンとその配下の騎士達だけが激高する。
「そう言えば、協定など時勢で変わるともおっしゃっていました。」
「愚物よ。
ところで商人殿、我らはそなたらの通行を妨げるつもりはさっぱり無いが、
そなたらの友人の騎士達は連れて行っても良いだろうか。」
「勿論ですとも。
ちょうど友人とは仲違いし、一生の縁を切る所でございます。」
バルドゥイーン達の声がさらに大きくなるが、新しく来た騎士達に囲まれ動く事は出来ない。
「ところでバルドゥイーン卿。
ここで後世に語り継がれるような一戦を交えるのと、
大人しく我が主の招待を受けるのとどちらがお望みだろうか。」
「くそ。この商人が国家反逆の徒でさえなければ。」
「失礼ながら大きな誤解がございます様で、
そのおっしゃり様は余りに不名誉でございます。
私は商いに邁進し日々身を粉にして働き、
カウマンス王国にも正直に納税する実直な臣民でございますれば、
今のお言葉は撤回をお願い致します。」
「やんぬるかな。
怨敵クリストハルトよ、ここはお主の軍門に降る他あるまい。」
あれだけ偉そうに言って戦わないのかよ。ダセェー。怪我をしてないのも、戦わずに逃げて来たからか。バルドゥイーン達はクリストハルト達に縛られて行く。そうして最後の一人まで縄を掛けた後、クリストハルトはまた俺に言葉を掛けて来た。
「そなたの様な正直者の商人を、我がマニンガー公国は歓迎するぞ。
良い旅を。
あるいは素敵な茶の時間を。」
「ありがとうございます。クリストハルト様。
商人は世界の臣民でございますれば。
貴方様方にも幸運と素敵な遠駆を。」
「ははははっ、まさに正直者よ。
さらばだ。」
「はい、お達者で。」
俺はクリストハルトとバルドゥイーン達を見送ってから、冷めたお茶を飲むのだった。




