河畔の街ライマン
ライマンを西に出てツェッテル川を越えると、そこからはオーフェルヴェック伯爵領に入る。シェードレはオーフェルヴェック伯爵領の領都であり、ライマンからは3日の距離にある。ヴァルヒ商会の馬車には御者が1人と護衛が2人就くそうだ。
万一の場合にも、責任を取る必要はないそうだが、実際にそれは通らないだろう。とはいえハムなら荷車1台、卸値で金貨3~5枚(30~50万円)くらいだろうから、全損しても被害額はそこまででもない。俺はヴァルヒ商会の心証を良くする為にもハム馬車を受け入れた。
積み荷のアントナイトはこの辺りでも、もう十分出回ってる上、他の商品にしてもカウマンス王国内の商会が取り仕切っているので入り込む余地が無い。この街では商売もできず他に用事も無いので、食料等消耗品を買い足して午前中に街を出た。
オーフェルヴェック伯爵領に入っても地勢は、コースフェルト伯爵領とそう変わらない。平原と森が7:3の街道が続く。オーフェルヴェック伯爵領内の街道は、コースフェルト伯爵領と比べてやや荒れている感があり、街道から森までの空き地に丈の低い木が伸びて来ていたり、街道の凹みが補修されずに残され石くず等が転がっている。
ライマンを出たのが早朝ではなかったので、その日は日暮れ近くになって野営地に着いた。ここは野営地といっても、幾つかの空き家があり、家具も藁等も無いが屋根があるだけでも助かる。
「レンさん、大丈夫だ。盗賊も獣もいなかった。」
最初に空き家を『鉄の盾』を見て来てもらったが大丈夫だったらしい。彼らはシェードレまでの街道を何度も通った事がある様で慣れたものである。もっとも何もいないのは、俺の探知スキルで分かっていた事ではあるが。ちなみに時々兵士の見回りがあって、盗賊や獣の住み着きを防いでいるらしい。
空き家の割り当ては俺とヴァルの2人で1軒、カリーナ姉妹と従者2人で1軒、傭兵達で1軒、そしてハム馬車の面々で1軒とした。もっとも、傭兵達には交代で荷馬車の前で積み荷と焚火の不寝番をしてもらうし、クルトとニクラスはずっと外だ。
え? ヴァルと二人で何かするのかって? いや、全然。ヴァルとはそういう気にならないし、俺がよく知らんオッサン達と一緒に寝たくないだけだよ。
不寝番にはハムの馬車の護衛も参加してもらったが、心配だったので彼らだけにはしないようイアンに頼んでおいた。この頃には、『鉄の盾』のリーダー・イアンが護衛達のリーダーのポジションに収まっていた。
その夜、真夜中を少し過ぎた頃、俺の探知スキルが不審な動きを感じた。カリーナ姉妹が泊まった家から誰かが出て来たのだ。そして傭兵達が見張りをしている荷馬車の辺りを迂回してこちらに近付いて来る。
俺はヴァルを起こし、家の戸の横に潜ませた。俺自身は寝たふりを続ける。ヴァルには俺が名前を呼ぶまでは、相手が何をするか様子を見たいので手を出すなと言ってある。
そうして待っていると家の戸がそっと開く。俺は目を瞑っているが、探知スキルによって人が近付くのが分かる。大きさからしてレオナだろう。夜這いか。
レオナは俺に近付き、横にしゃがんで顔を覗き込んで来た。寝ているか確認しているのだろう。そして俺の毛布の中に入って来た。むにゅん。ノーブラですか。やっぱり12,3歳にしては大きい気がする。
「んっ、あっ。」
レオナの口から小さな声が漏れる。いや、俺は何もしてないよ。寝返りだよ、寝返り。寝てる時は普通だろ。途中でちょっと指先が何かふわふわした物の上に付いてる何かに引っかかった気がするが、寝ている俺には分からない。
「っひぃ。」
あれ?今、俺ほんと動いてないよ。薄っすら目を開けると、レオナの首筋にヴァルの剣が突き付けられている。
「黙って、ご主人様の毛布から出ろ。」
レオナを睨みつけるヴァル。ちょうど外で月の上から雲が流れたのか、僅かな光が空き家の小さな窓から入って来る。その光に浮かび上がるヴァルの顔は、恐ろしい傷跡とその目力の強さもあって超怖い。ヴァルさん、俺まだ指示出してないけど。もうちょっと、ダメですか。そうですか。
捕まったレオナは、ヴァルブルガの眼光の前に全てゲロった。彼女はペルレの街の特殊性癖者向けの娼婦で、今回俺を篭絡する為に雇われた様だ。マルコは家族でも何でも無く、直接彼女を雇いに来たダーミッシュ商会の人間で、この夜這いも彼に指示されたものだという。
何故彼女が選ばれたのか聞いたところ、「だってレンさん、ロ・リ・コ・ンでしょ。」と言って、ヴァルに睨まれ「ッヒィ。」と小さな悲鳴を上げていた。なお、カリーナとも初対面で商会の人間かどうかは知らないと言う。
「レンさん、そこにいるのはレオナじゃないのか。」
翌朝、家の戸が騒々しく開けられると、マルコが乗り込んで来た。まあ、探知スキルでとっくに気付いてたんだが。俺は身を起こすと、焦った顔、見られたくない物を見つかった様な顔を作って、隣で寝ている者を毛布で隠す様な仕草をしてみせる。
それを見たマルコは一瞬、口角を上げたがすぐに怒りの顔を作った。
「何て事だ、まだ12の娘に手を出すなんて。」
俺は言ってやった。
「レオナが、俺に色目を使っていたのはアンタも知っているだろう。
俺は悪くない。」




