宿場4号
扉が開いて、あどけない笑顔と熱っぽい視線のレオナが入ろうとした。
だが、俺の合図を受けたヴァルブルガが扉を閉める。
「ご主人様は既にお休みです。
御用であればまた明日お願いします。」
レオナが何か言っていたが、ヴァルは頑として扉を開けなかった。グイグイ来るな、あの妹。とにかく俺達はマニンガー公国行の初日を終えた。
「レンさん、どうして今日は一緒の馬車に乗りませんの?
レオナ妹ちゃんも、一緒に乗りたいわよね。」
「ええ、カリーナお姉ちゃん。
レンお兄ちゃん、ダメなの?」
2日目、宿場4号を出る時に1台目に俺とヴァルブルガと御者のマルコ、2台目にカリーナ姉妹と御者のゲルトが乗るように言うと、カリーナはこちらを窺う様に、レオナは泣きそうな顔で反対された。
「4人で乗って馬を疲れさせたくないんですよ。
それに臆病な質なのか、護衛がすぐ横にいないと落ち着かなくて。」
正直、美人のカリーナ姉妹にチヤホヤされるのは楽しいが、隙を見せない様に気を引き締め続けるのは神経が疲れる。俺は安易な手段として、馬車を分ける事にした。まあ、またチヤホヤされたい時は一緒に乗ろう。
街道はこの2日、7割を平原、3割を森の中を通る。まあ、コースフェルト伯爵領のほとんどは平原の様なので、そんなものか。平原と森では、森の方が俺の探知スキルによると動物が街道近くまで来ている。
平原にいるのは大きくても狼や鹿、それも数匹の小さな群れだ。森の中にはもっと大型の熊や猪もいる様だが、森を出て街道まで来る奴はほとんどいないし、隊商が近付けばいそいそと森の中へ入って行く。
先頭を進むフランクという男は、『鉄の盾』で唯一の弓使いで、猪や鹿を見つけると狙おうとするものの、あちらも弓の射程に入る前に森に隠れてしまう。その度にフランクは舌打ちをして罵っているが、それを横にいるダミアンという槍持ちの男が笑ったり、からかったりしていた。長閑だ。
そんな風に進んでいる時、俺は街道脇の森の中に3つの敵意を感じた。大きさは人と同じくらい。殺意と言うよりも、強奪しようという意思が強い。盗賊か。街道脇の森が伐採されているので、街道から森まで20m、盗賊が潜んでいる場所までまだ30mある。
「マルコ、止まってくれ。」
1台目の馬車を停止させると、2台目も止まる。
「レンさん、何があったのですの?」
後ろの馬車からカリーナがそれなりに声を張って呼び掛けた。
「イアン、シグチー、ニクラスは来てくれ。
他の者はその場で待機。」
俺は盗賊が隠れているらしい場所を示して、2~3人の人影が見えたと説明する。俺は主に『鉄の盾』のリーダー・イアンと作戦を練った。
イアンがフランクと弓を持たせたニクラス、20㎝大の石を持ったクルトを連れて近付いて、出て来るように通告する。これで大人しく出てくれば捕縛するなり、追い払うなりするが、出て来なかったり襲ってくれば矢と石を打ち込む事になった。
『鉄の盾』の残りは1台目の馬車を、『貨幣の収穫』が2台目の馬車の近くで警護して接近に備え、俺達はそのまま馬車で待つ。たった3人だというので、あまり緊張感は無かった。
イアン達が森へと20m程まで近付いて呼び掛けるが出て来ない。イアンが俺の示した藪を身振りで示すと、そこに向かってクルトが大きな石を投げる。残念ながら石は目標から大きく逸れ、バキバキと大きな音を立てて森の中へと消えていく。
すると森から3つの人影が跳び出して来た。その速度は予想外に速く、フランクとニクラスの一射目は走る後ろへと流れていく。さらにイアン達の前まで走り込み、イアンが槍を突き込もうとしたところで左右二手に分かれてイアン達を迂回し、馬車へと回り込もうとする。
近付いて来る人影を見ると、一人が小剣を二刀持ち、一人が曲刀を、最後は手斧を構えて地面に体が倒れるくらい低い姿勢で駆け込んで来る。
ただ、そんな事よりも目を引いたのがその頭だ。身長は2m近いが人に近い形で服と革の鎧すら着ている。
だがその頭は犬の様で、垂れた様に見える目と鼻、口周りと頭の両脇の犬耳が黒く、頭頂から後頭部、首に向けての毛は薄い茶色をベースに濃い茶色の斑が見える。いわゆる地球のハイエナの様な頭だ。
獣人だ、魔族だ、と驚きながらも敵を追って戻ってくるイアン達と、馬車の前で守りを固める他の者達。
敵は、1台目の馬車の前で盾と槍で守りを固めた『鉄の盾』のダミアンとエルマーへと向かう。俺の隣のヴァルも剣を抜き、俺も荷台から槍を引っ張り出した。
しかし奴らは再びダミアン達の前で進路を変える。1台目の馬車をさらに迂回して2台目の馬車へと向かった。こいつら、よく3人でこれだけ武装した隊商に向かって来たと思ったが、2台目から何か奪って一撃離脱ならぬ、一奪離脱するつもりか。
そこで突然、レオナが2台目の馬車から飛び降りた。襲撃に驚いてパニックを起こしたのか。
「きゃぁ~~~っ、イヤっ、来ないで!」
「待ちなさい、レオナ!」
カリーナの制止にも構わず、レオナはそのまま獣人が迫る側とは反対の森へと駆け出した。




