鎖鎌の少年
耳を外した少女を見て、3人の男達は唖然として固まった。そして俺の探知スキルが少しばかりの危険を探知する。俺はその場をそっと離れ、残りの檻を見始める。
「お、お、お、俺達を騙しやがったのかーーーっ。」
「すいません、珍しい奴隷の方が売れると思って。
でもコイツは獣人でも魔物でもないんです。もちろん人殺しなんて、してないんです。」
この男達は別に筋の通った事をするつもりなど、欠片も無い。ただ、何か憂さ晴らしに暴力を揮う相手を探し、乱暴を働く理由を探してるだけだ。
「コイツは許せねぇーーーぜ。」
「ああ、全くだ。これは俺達が悪いんじゃねぇ。
善良な市民を騙して金を毟り取ろうとするコイツ等が悪いんだぜ。」
「きゃーーーっ、止めて下さーーーぃ。」
「だ、誰か助けてくれ、ア、アンタ。
あれ?
お、おい、護衛を連れたアンタ。
奴隷なら格安で売る、いや只でやるから!
そんな遠くに行かないでくれーーーっ。」
俺は騒動の起こりそうなその場を離れ、次々とそこに並ぶ檻を見て行く。決して付け耳の奴隷少女と、その商人の方を振り返ったりはしない。俺は護衛が居なくちゃ街も歩けない無力な商人で、暴力を暴力で解決する様な力はない。街での騒動や事件はきっと正義感溢れる強者や、誠実な市民の通報を受けた勤勉な街の衛兵の方々が何とかしてくれるだろう。
おい、ヴァル。不満そうな顔をするな。何かトラブルがあった様だがあれはあの人達の問題で、部外者の俺達が首を突っ込むのはおかしいじゃあないか。
そうして最後の檻の前まで来た俺はその中を覗いた。するとそこに捕らえられていた少年は、全身傷だらけで長い髪が顔に掛かって目を隠し、奇妙なポーズを取っていた。黒髪か。よし、帰ろう。そう思ったのに向こうから話し掛けて来やがった。
「僕の名はバイケーン。
僕の鎖鎌は狂暴です、バイケーーーン!」
うおっ、急に叫ぶのでビックリした。すると、突然牢の中の少年が格子をすり抜けて俺に飛び掛かって来る。俺は動かなかったが、横にいたヴァルブルガが体を俺の前に滑り込ませ、一瞬で引き抜いた剣で突進を受け止めようとする。
「危ない、ご主人様ぁーーーって、アレ?」
少年がヴァルにぶつかった様に見えたが、その瞬間に少年は消え失せ、牢の中の最初に見たのと同じ位置に変なポーズのまま入っていた。そう言えば、探知スキルは何も反応しなかったか。
「クックックッ、幻でも見たのかい?
バイケーーーン!
僕はバイじゃありません。」
ダメだ、とにかくここから離れよう。関わってはいけない奴だ。俺は去ろうとするのに、少年の檻の横にいた商人が俺の前に回り込み、少年の説明を始める。
少年は突然この近くの街に現れ、村の無法者数名と喧嘩を始めた所までは良かったが、そのまま相手を殺してしまって捕まって奴隷落ちしたとか。少年はモブが邪魔したとか、絡まれイベントとか、チートだとか訳の分からない事ばかり言っていたとか。俺そんな話、全然求めてないけど。
とにかく俺はその商人を振り切って、ダーミッシュ商会に紹介された奴隷商館に辿り着く。そして数人の護衛に向きそうな奴隷を見せてもらい、その内の一人に決めて購入した。
彼の名はニクラス。40代で身長190㎝くらい。筋肉ダルマではないが、なかなかにガタイのいい男だ。若い頃から傭兵をやっていて生き残り、剣も槍も弓も何なら短剣や槌もそこそこ熟し、商人の護衛や戦場経験もある。こんな男が金貨70枚(約700万円)で売られていたのだ。
一般的な農夫の奴隷が金貨30枚である事を考えればその倍以上だが、戦闘技術や経験があってその値段なら割安と言っていいだろう。もちろん理由はあって、軽く走ったり短時間の戦いなら問題ないが、膝を怪我しており機敏に走り回ったり長時間に及ぶ持久戦は出来ないと言う。
彼が奴隷になった理由は借金であり、病気の妻の薬代でした借金を返せなくなったそうだ。それで自ら借金奴隷の道を選んだそうだが、幸い妻は回復しており子供と一緒に王都で暮らしているそうだ。慎ましくも何とか妻子は生活できている様で、もし年に1回妻子に会わせてくれるなら喜んで一生懸命に働くと言っている。
こういうのだよ、俺が欲しかったのは。犯罪奴隷でもないし、借金も賭博や浪費じゃない。妻子に会わせるのは気まずい気もするが、妻子に会いたがっているので、破れかぶれになって死に急いだり無茶はしない。人格も真面目そうで、その上経験豊富。
よくラノベでは、我の強い者や能力の極端な者を喜んで集めて、上手く使いこなす主人公とかいるが、俺はそんな器量は無いので真面目で普通に使える奴がいいです。チート持ちとかアリスでお腹いっぱいだし、猫耳獣人美少女?偽物じゃねぇーか。
さて俺の欲しい人材を入手でき、マニンガー公国行の準備は整った訳だが、後で一つだけ商品に瑕疵が見つかった。
「ご主人、俺はこれでも戦士としての働きには自信があるんだ。
アンタの為に命を賭けて頑張るぜ。」
ニクラスは微笑んで、俺に握手を求めて来た。俺はこれに応じて彼の手を取った。
「ああ、頑張ってくれよ。
良く働くなら妻子にも年1回と言わずに会わせてやるから。」
ニクラスはさらに顔を綻ばせた。
「ご主人、アンタいい人だな。」
ニクラスは間をおいて言った。
「なあ、ご主人。
やらないか?」
やらねぇ~~~よ!俺はニクラスの手を叩き落とした。バイじゃねぇか。




