猫耳少女
マニンガー公国行でユリウスさんの用意した護衛は、『鉄の盾』という中堅どころの傭兵団で30代の大柄な男ばかりの4人組だ。これに俺の奴隷ヴァルブルガとクルト、俺が雇った『貨幣の収穫』の2人、2人とも20代中盤くらいだろうか、が加わって合計8人。悪くは無いが、もう一人くらい俺の手勢を増やしたい。しかし他に信用の置ける傭兵の伝手がない俺は、傭兵の代わりに奴隷を探す事にした。
ちなみに、ヨーナスとエラは今回来ない。元々戦力として微妙だし、エラは最近妊娠したそうで何にせよ無理だろう。先日、ヨーナスがエラの妊娠中の生活費を工面しようと、父親の可能性がある男達からカンパを募っていると言って俺のところにもやって来た。ちなみにヨーナスがエラの面倒をみているが、結婚するとはならないらしい。
うっかり、若干動揺して金貨2枚を渡してしまったが、その額が他の父親候補の男達のカンパ額から頭一つ抜けていたらしく、エラが大きなお腹を揺らしてわざわざ礼を言いにやって来た。そしてお腹の子は俺の子だと満面の笑みで言って帰った。俺は1回しかやっていないが、誰の子かは回数ではなくカンパ額で決まるらしい。いや、絶対違うよね。よね。
出発の3日前、俺はダーミッシュ商会に紹介された奴隷商館に向かっていたのだが、たまたま通りかかった広場の端に檻が並んでいるのに気付いた。これはペルレに店舗を持たない流れの奴隷商や、他の商品のついでに奴隷を売ろうとしている商人の物であり、大抵はあまり質の良くない奴隷が売られている。
「ご主人様、そっちは問題のある奴隷ばかりだから、
真っ当な奴隷を買う金があるのなら、買わない方がいいのではないか。」
「まあ、俺もそう思うけどね。
でも見るだけは只じゃないか。ちょっと寄ってみようぜ。」
ヴァルが至極真っ当に諫めるが、俺は興味本位で覗いてみる事にした。その区画には8個くらいの檻があり、それぞれ別の商人が一生懸命奴隷の売り口上をがなり立てている。端から見て行ったのだが大抵は病気持ちなのか咳込んでいたり、腕や目を欠損したり、違法に連れて来られたっぽい痩せた子供が入っていたりして、少しも興味がわかなかった。
だが1人、真ん中辺りにやや窶れているものの、咳もしていなければ、表から見える欠損も無い少女がいて俺の興味を引いた。何よりも彼女の頭には猫耳が付いていた。俺が足を止めたのに気付いた商人は、ベラベラと彼女の来歴を話し始める。
商人によると彼女の名前はメラニー、マニンガー公国のさらに向こう、海を渡って別の大陸から売られて来たらしい。16歳で痩せていても獣人なので人間より体が頑丈で、人間と性交も出来ると言っている。商人が話している間、メラニーと呼ばれた少女はビクビクと落ち着か無げに俺を見ている。
それにしても、彼女には頭の横に人間の耳があり、それとは別に頭の上に猫の耳がある。日本のアニメでも良くあるデザインだが、どっちの耳も使えるのだろうか。人間の体に獣のパーツが付いている事よりも、人型なのに耳が4つある事に何とも違和感を感じる。
顔はまあ、可愛い方だろうか。痩せているせいか目が大きく、それでも10人中、上から3人に入る可愛さだ。しかも大抵の奴隷が貫頭衣1枚なのに、メラニーはわざわざ胸を隠すくらいのギリギリの布を胸の高さに巻き、下はミニスカート風の布を巻いている。そのミニスカートの中からは猫の尻尾が出ている。あざとい。商人の趣味だろうか。
マニンガー公国を通って来たのなら、あの辺りの情勢も知っているかもしれない。だが、なあ。商人の話を聞き流しながら、ピクリとも動かない尻尾を見ていると、俺の後ろに3人の男達が立って彼女について話し始めた。
「おい、東のノルデン山脈から魔物が下りて来て、麓の村を襲っているらしいぜ。
その魔物って言うのが、あの女みたいに獣と人が混じった様な姿らしい。」
「それって魔族っていうらしいぜ。
俺、金髪のすごい美人の神官様に聞いたんだ。
魔族って言うのは人間を皆殺しにして、世界を自分達の物にしたいらしい。」
むぅ、そういえばフリーダが人の姿をした獣は魔族であって、人間の敵だとか言っていたな。
「それな。
ノルデン山脈の麓の村は、それは酷い有様だったらしいぜ。
家畜だけでなく、人間も頭からバリバリ食われたとか。」
「おい、あの女は麓の村を襲った魔族じゃないのか。」
こいつらは体は大きく力はあるくせに、昼から仕事も無く仲間とぶらついて何かと人にケチを付け、機会があれば暴力を振るおうとする輩だろう。商人は弁解するが、男達はさらにエキサイトして騒ぎ出す。そんな中、檻の中の少女は泣き出して謝り出す。
「ごめんなさい、ごめんなさい、許して下さい。」
「ああ、人を殺しておいて、謝っただけで済むと思ってるのか。」
「違うんです、そうじゃないんです。」
少女はそう言うと頭に手を伸ばし、両方の猫耳を外した。
「私、獣人じゃないんです。」
やっぱりか。そんな気がしていた。




