謎の金属
帰り道、8区の間は巨大蟻3匹の群れに出会ったが、その場をそそくさと離れると追っては来なかった。巨大蟻地獄の巣の横を通ったり、飛んでいく巨大羽虫をやり過ごしたりした事はあったが、行きに遭遇した洞窟芋虫や恐怖蟷螂には幸い遭う事は無かった。
2区では探知スキルをフル稼働ではあったが、他の魔物を避ける為に仕方なく通常サイズの飛蝗の群れに囲まれる事があった。予め分かっていたので全員に松明を2本ずつ持たせて焼き払ったが、山羊を含めて全員あちこちを噛まれて傷は浅いながらも血だらけになってしまった。
そんなこんなで『迷宮門』まで戻る事が出来たが、その日の迷宮書記官の当番はカスパルさんだった。全員 血塗れで心配されてしまったが、見た目よりも軽傷だと言って安心させて置いた。ペルレの街に出ると丁度迷宮に入って3日目の夕方だった。
「ああ、皆お疲れさん。これが報酬だ。次もあったら頼むよ。」
「レンさんよぉ、次ってまたすぐ潜るのかい。」
「まあ、これにちゃんと値が付いたらな。
何にしろ迷宮の真っ暗闇にはうんざりだから、
数日はゆっくりしたいね。」
「じゃあよ、また潜るんだったら声掛けてくれよ。」
『幸運のブーツ亭』の馬小屋まで皆で鉱石を運んだ後、その場で報酬を支払って解散しようとするとインゴがそんな事を言って来た。
「怖い思いもしたけど、全員無事だったしね。」
「ああ。アンタの指示は正しかったと思う。」
「フヒヒッ、旦那。あっしもお願いしやすよ。」
「まあ考えておこうかのう。」
エラ、ヨーナス、ディルクがそれに同調し、フリーダは保留だった。そうして俺達は分かれた。
俺はクルトを連れて馬小屋まで行くと、夕食用に芋と蕪の袋を渡して山羊と鉱石の番をさせた。それから俺とヴァルブルガは宿の食堂へ戻って夕食にありついた。『幸運のブーツ亭』の夕食は数日に1回ご馳走が出るのだが、昨日が大きな鱒料理だったと聞いて俺は涙した。なお、俺達が食堂に入る時に夕食を終えたフリーダとすれ違ったが、対応は素っ気なかった。俺はその晩、泥の様に深く眠った。
次の日、俺は皆の選鉱した鉱石を宿の部屋の窓の光の下で再確認する事にした。別に再選鉱して嵩を減らそうと思ったわけじゃない。せっかく持って来たんだからそのまま全部売ってしまおうと考えていた。だから、それをしたのは本当に偶然だった。
光の下で見ると、最初の袋に明らかにアントナイトとは異なる輝きを持つ金属が混じっていた。青っぽいのは同じだが、アントナイトが暗い青なのに対して、それはもっと金属光沢のある青なのだ。まあ、ただのアントナイトのバリエーションかもしれないが。
その量は30kg中 僅かに100g程度、全体量の3%ぐらいか。それを見つけた俺はヴァルにも手伝わせて、持って来た全ての鉱石をチェックした。それでその鉱石は全部で1kg弱くらい見つかった。俺はこの鉱石を背負い袋の奥底に仕舞い込んで、残りの鉱石と分ける事にした。こっちの方が高そうに見えたので、売るにしても別口にしたかったからだ。
「やあ、エゴンさん。アントナイトを取って来たぜ。」
「おお、レン。無事帰って来れたな。
ささっ、取って来た石を見せてくれ。」
俺はヴァルと二人で20㎏程のアントナイトの鉱石を担ぎ、指輪の形の看板が掛かったエゴンさんの店を訪れていた。全部持って来るのは値段の概算が決まってからでいいだろう。
エゴンさんは仕立屋のペーターさんから紹介された金細工師で、天然パーマなのか黒髪をチリチリにした四角っぽい顔の壮年のオジサンだ。ペーターさんとエゴンさんの関係は、ペーターさんが服飾に使う金属のボタンや飾りをエゴンさんが造っているという縁らしい。ペーターさんがペルレの仕立屋の顔役であるのに対して、エゴンさんも金細工師の顔役なのだと言う。
エゴンさんの店には大迷宮に入る前にもペーターさんと一緒に訪ねて、アントナイトの現在の相場や需要等を聞いておいた。ちなみに鍛冶師は主に鉄、金細工師が貴金属を扱っているのでアントナイトの買い手としては金細工師か貴金属を扱う商会となる。さて、幾らになるか。
エゴンさんが麻袋の中身を作業台の上に乗せ、アントナイトの鉱石を1個1個確認して行く。見ていると拳の半分くらいの大きさの鉱石が左に、拳よりも大きい鉱石が右に積まれて行った。俺が手元を見ているのに気付くと、エゴンさんは俺の方を見ずに左の山を顎で指して話し始めた。
「これ位に割らないと、不純物が多くなるからな。
アントナイトを溶かし出す前に砕かないといけなくなる。
その分、値段は下がるぞ。」
むぅ、確かに拳大に割って選鉱するとは聞いていたが、真っ暗な大迷宮の奥、松明の光の下で大勢でやっているとどうしてもバラツキは出る。
「迷宮の中で選り分けてるんだ、どうしてもバラツキは出るさ。
たとえアントナイトが半分しか含まれてなくても、要らないわけじゃ無いんだろ。」
「『宝石土竜』の仕事はもっとましな選り分けをしてたぞ。」
「あまり厳しく言うから後続が出ないんじゃないか。」
エゴンさんは渋い顔をするが、これは言ってやらなきゃいけない。取って来ても文句ばかり言われて値を下げられたんじゃ、やる気が失せると言うもんだ。




