南十字星を追え
現実はこれだからな。俺達は巨大なカマキリからそっと逃げ出し、アントナイトの採掘場所へとペルレ大迷宮の8区を進んで行っている。洞窟芋虫に太腿を刺されたエラは、その毒に熱が出ているのか顔は紅潮し、玉の様な汗を掻き、体は引き攣り、力が入らない様だった。
ゲームだったら、体の色が変わってちょっとずつヒットポイントが減りながらも、普通に動けたりする。しかし現実に毒を喰らえば、本人が真面に動けなくなるだけでなく、その介助に人手が掛かり、全体の進行速度も遅くなる。
俺はインゴとヨーナスに交代でエラに肩を貸して連れて行く様に指示し、エラと肩を貸してる方の荷物を山羊に積ませた。俺はエラ一人の為に戻るという選択はしなかった。インゴとヨーナスは不満を口にしたが、ここで帰れば報酬を出せないと言うと黙った。
「私は 大丈夫 だから。」
と全然大丈夫そうじゃないエラが言ったから、というもあるだろう。神官のフリーダさんが何か言うかとも思ったが、「これは神の試練じゃ。頑張るのじゃぞ。」とエラに言って、傷口を洗ったり縛ったりしていた。こんな試練を与えるなんて、俺はその神を信じられそうにないな。
星の神と言っていたので、あの夜空の星かと聞いたら、天空の星々の全てとこの大地の全て、つまり世界を創造した唯一無二の神じゃ、と言っていた。随分、大きく出たなと思った。
とにかくエラの為に進行速度は遅くなり、敵を見つけるとその前よりも早くから大きく迂回する必要が出た為、より遅くなった。それでも俺達は大迷宮の奥へと進んで行く。
俺は採掘専門のパーティー『宝石土竜』の元メンバ、トビアスさんからアントナイトの採掘場所を聞いた訳だが、それは当然冒険者ギルドの地図に載っている様な10m以上の幅を持つ大横穴にある訳ではない。そこは大横穴からより小さい支道の様な穴の奥にあり、暗闇の中で無数にある支道からその穴を区別する為には目印が必要になる。
こういった場合、天然の目印に頼るよりもそれぞれの集団や団体によってメンバ内だけに通じる独特の目印を付ける。そして『宝石土竜』に独自の目印があった。
ペルレ大迷宮の2区と8区の間にあった地下河川、東京23区に敢えて当てはめれば、中央区と江東区を分ける隅田川だろうか。その崖の様な割れ目の上から微かに地上の光が漏れた様に、地下にも時々僅かな光が届く場所がある。それとは別に洞窟内の岩肌に露出した金属やガラス質の鉱物が、探索者の灯りを反射して光る事がある。それらのほとんどは極小さな光の点にしか見えないが、それでもそれ程珍しい物ではない。
8区に入って6時間、『迷宮門』を潜ってから8時間は経っているだろうか。およそ朝8時頃に入ったから、今は午後4~5時ぐらいだろうか。予定では目的地に着いて野営の準備を始めている頃だろう。だがやっと大横穴で鉱床近くまで来れる所までは来て、ここからは鉱床へのより小さい横穴を見つけて入って行かなければならない。
この近くまで来ると、時々 巨大蟻を見掛ける様になった。元々アントナイトのアントは巨大蟻の巣近くに見つかる事が多い事に由来する。トビアスさんからは巨大蟻が1匹でいる時は、たまたま通り掛っただけだから静かにして動かなければ近寄って来ないと言っていた。3匹の時は、こちらに警戒して意図をもって近づいて来ているから、ゆっくりと退く様にと言っていた。トビアスさんの勧めに従って、俺達はやり過ごし、あるいは迂回した。
巨大蟻がいるせいか、巨大 蟻地獄も見つけた。こんな岩場の洞窟でどうやってと思うかもしれないが、このアリジゴクは砂と言うには大きいグズグズに砕かれた小石で出来た窪みになっている。ちょっと蟻が嵌った所を見てみたいとも思ったが、自分が落ちない様に気を付けて進む事にした。
さらにたまには巨大な羽の生えた虫が、巨大蟻を引っ掴んで飛んでいくのも見た。きっと巨大蟻があの虫の餌なのだろう。ひょっと卵でも産みつけられるのかもしれない。弱肉強食だ。
話が逸れたが、ここまで来た俺はディルクと共に支道をランタンで照らして覗いては、印を探した。俺達が探していたのは、十字に光る四点の反射光だった。『宝石土竜』が造った印はこの南十字星の様な洞窟の中の星、これは岩に小さな鏡の様な物を埋め込んで作っている。アントナイトの鉱床までは曲がり角ごとに設置された、この南十字星を追って行く事なる。
「へへっ、旦那。ここで間違いないですよ。」
「やっと着いたか。
皆、ここが目的地らしい。軽く調べた後、野営をする。」
ディルクが場所を確認して、俺に声を掛けた。そこには掘り返した跡もあり、捨てて行ったのであろう幾つかの道具や雑貨等も落ちている。あれから『宝石土竜』の印を探して進んだのだが、時々は道と言うか穴を間違えて戻る事もあり、目的地まで4時間は掛かった。
冒険者ギルドの地図に載っている大横穴からより狭い横穴に随分奥に入ったが、ここ自体はかなり大きい空洞となっている。天井は2~3m程度でそれほど高くは無いが、まるで胃袋を横にした様な形になっていて広さは長径で20mくらいある。
俺はヴァルと鉱床を見に行ったが、岩壁にはアントナイトらしい青い金属がところどころに露出していて、ランタンの灯りに照らされ反射していた。
「ほう、なかなか綺麗な物じゃのう。」
どうやらフリーダも見に来ていた様だ。『大農場主』の面々も少し離れた場所で岩壁を眺めて何事か話している。俺達はここで野営の準備を始めるのだった。




