火傷
明日からの探索の為、人手探しに冒険者ギルドに来た俺とヴァルブルガだが、実は俺には当てがあった。っていうか俺には今のところ当てなんて一組しかなかった。魔物からは逃げる方針の俺には戦闘力のある同行者よりも、俺の指示に良く従ってくれる相手の方がいい。もちろん、アリスの様な戦闘力のある同行者がいれば安心だが、そんな相手を雇えるような金は出せない。
と言う事で、当てとはインゴ達冒険者パーティー『大農場主』だ。インゴ達もペルレ大迷宮の『亜人の顎』に行くまでは結構反抗的で手を焼いたが、帰りには割と大人しく指示に従う様になっていた。また、新しい人間を雇ってそれを繰り返したくは無いので、彼らを雇えればそれが一番楽だろう。若くて経験も少ないので報酬が抑えられそうなのも魅力だ。
気になるのはエラがスライムに負わされた足の火傷だが、ギルド職員のベティーナさんに依ると午前中は3人揃ってよくギルドに来ているらしいので、大丈夫なのだろう。もっとも依頼を受けている様子は無いらしいが。
冒険者ギルドに行ってみると、予想通りインゴ達がいた。だが、もう一人知った人間がいた。今日はもう遭いたくなかったんだが、星の神官フリーダさんだ。彼女はこちらに背を向け、カウンター越しにギルド職員の神経質男フロレンツ君と話している様だ。良し、彼女に気付かれない様にインゴ達に声を掛け、飯を奢ると言って連れ出そう。それがいい。
インゴ達は依頼の掲示板の前ではなく、ギルドの隅のテーブルを囲んで座っている。近付くと不景気そうな顔をしているのが分かった。ひょっとするとエラの足のせいで、依頼が出来ないのだろうか。まあ縁もあるし、たとえ迷宮に連れて行けなくても昼飯を奢るくらいいいだろう。とにかくフリーダさんに見つからない内に冒険者ギルドを出たい。
「あっ、レンさん。こんにちは。」
「どうも。」
こちらに気付くとエラが表情を笑顔に変えて挨拶し、ヨーナスも小さく声を出し、インゴは目礼だけをする。
「久しぶりだな。エラの足は大丈夫なのか。」
「はい。もう全然大丈夫ですよぉ。」
声を掛けると同時に気になっていた事を聞くと、エラは元気よく答えてスカートを上までたくし上げ、足を上から下まで見せて来た。太腿が眩しい。じゃない、足の火傷が綺麗さっぱり治っている。おかしい。結構大きな火傷だったのに、2、3日で治るはずは無いんだが。
「私、昔から傷の治りとか早いんですよ。」
俺が訝しんでいるの気付いたのか、そう補足する。いや、そんなレベルでは無いと思うんだが。俺がエラの足を見ながら不思議に思っていると、カウンターから声が聞こえて来る。
「何故じゃ。
ダンジョンに一緒に行くパーティーを探したいというだけじゃろ。
冒険者ギルドでそれが何故できぬ。」
「だから、今は募集しているパーティーは無いし、
新人でしかも女を仲間に加えたいなんてパーティーがあるわけないだろ。
女じゃ荷物運びにも役に立たないから、無理に決まってるんだ。
これだから冒険者は考えが甘いんだよ。」
うぉ、フリーダさんとフロレンツ君の声だ。嫌な流れだな。そっと冒険者ギルドを出よう。
「そうか、余り大きな声じゃ言えないが、仕事があるんだ。
ちょっとそこで昼飯を奢るから、話だけでも聞いてみないか。」
「マジっすか、レンさん。」
「やった。お昼が浮くよ。」
俺は声を落としてそっと3人に言うと、ヨーナスとエラがいい反応を示す。インゴも満更でもない顔だ。だが、ここで不穏な事をフロレンツ君がやや甲高い声で言い出した。
「そんなに言うなら、あそこの隅にいる新人にでも入れてくれって聞いてみろよ。
田舎者と女ならお似合いだろう。」
ギギギと後ろを向くとフリーダさんと目が合う。フロレンツ君が指差しているのもこっちだ。
「ほう。」
それは小さな呟きだったが、何故か良く聞こえた。フリーダさんがこちらへと近付いて来る。あれ、おかしいな。俺、結構日頃の行いはいいはずなんだがなぁ~。
女神は俺の傍らまで来ると、腕を組んで見下ろしている。
「お主、冒険者だったのかのう。」
「いえ、しがない商人です。
昨日も近くの農園にプラムの買い付けに行ってました。」
「なるほど。ならば何故冒険者ギルドなんぞにいるのじゃ。」
インゴ達は空気を読んで黙っている。今の内に何とかそれらしい言い訳をして躱さなければ。一瞬黙る俺だったが、俺の隣にはいつも空気を読まない奴がいるのだった。
「ダンジョン探索の護衛として彼らを雇おうと、痛ぇ。
ご主人様、いつもよりも痛いぞ。」
何でも無い事の様に、俺やインゴ達が隠そうとしていた事をぶちまけたヴァルを、俺は思いっきり叩いた。
「なるほど。詳しく聞こうじゃないか。
お主には、今朝ほど貸しがあったハズだが。」
俺は借りがあったのか? 今朝、あれだけ殴っておいて? それにしても、やっぱりこうなったか。これは黙って出て行く訳にはいかなくなったな。俺は降参だとばかりに両手を上げる。
「分かった、分かった。
まずは自己紹介でもしようじゃないか。
俺はレン、商人だ。
俺達は3日の探索で2層まで挑もうと思っている。」
そう言うと、咎める様な眼差しを向けていたフリーダさんが、初めて目許を緩ませた。
「なるほど。
私はフリーダ。唯一の神の神官じゃ。」




