星の神
バックハウス男爵の農園から戻って来た翌日、俺は『幸運のブーツ亭』の部屋で珍しく朝早く目を覚ました。そこでいつもよりも早い時間に井戸まで行って顔を洗おうとしたところ、事件が起きた。
『幸運のブーツ亭』の井戸は宿の裏庭にあって、宿泊客なら自由に使えるようになっている。宿には風呂など無いので体を洗いたい場合もここで洗う事になり、俺もいつももうちょっと遅い時間に使っている。まあ、人目もあるのでヴァルブルガ等は部屋の中で濡れ布で拭くだけにしているが。
だが俺はこの日、女神を見た。
裏庭に出る前、俺は探知スキルで井戸のところに誰かいるのは気付いていたが、別段敵意も無かったので気にせず近付いて行った。だが裏庭に出てその人物を見た時、俺は固まってしまった。
そこには水浴びをする女神がいた。腰まで伸ばした長い金髪。身長は男くらいあるが、体はしっかり大人の女だ。顔はやや厳めしいが美人なのは間違いない。
数分だったか、それとも数十秒だったか、とにかく俺は呆然と突っ立ったまま女神を見続けてしまった。
「女の裸を見た事くらいあるじゃろう。」
女神は体を洗う手を止めず、体を隠す事も無く堂々と、俺を睨みつけながらそんな言葉を叩きつける。のじゃロリだと。いや、大人の女だから、のじゃ巨乳。いや、漫画やラノベなら巨乳ロリもいるから、巨乳=大人とはならないか。のじゃ姉さん? 俺は金縛りが解けた様に体の硬直が解けるが、頭が変な方向に回ってあたふたしてしまう。おかしい、俺はそんなキャラじゃないハズだ。
「ジロジロ見おって、このすけべえめ。
覗くにしても、そこの男の様に物陰からならまだ可愛げもあるじゃろうに。」
むう、そう言えばそこの生垣の裏に人がいる様だが、覗きだったか。下衆め。いや今、俺も覗きを疑われてるのか。マズイぞ、ここは誤解を解かねば。お巡りさん、コイツです、になってしまう。いや、物陰からならOKなのか。等と考えている内に時間切れとなった。
「ふん」
女神は井戸に立て掛けてあった杖を手に取ると、横に振って俺の膝の下辺りを打った。
「うぐっ」
俺は膝を崩して倒れてしまう。何で探知スキルが働かないのだ。いや、スキルは働いたのに髪の毛以外も金髪な事に気を取られて、喰らってしまった。そのまま何度も棒で打たれる俺は、少しでもダメージを減らそうと体を丸めて蹲る。俺、カッコ悪りぃ~~~ッ。
「懺悔は今。」
しばらく経つと女神は気が済んだのか、井戸の脇に置いていた白い頭巾と白いローブを着て出て行った。あれは僧服、いや神官服か? 俺を叩いた棒も150cm程度の錫杖の様な物だった気がする。
俺は頭を振って気を取り直すと、最初の目的通り体を洗う。服を脱ぐと体に幾つも青痣が出来ていた。すると俺の後ろに誰かが立っているのに気付いた。まさか女神が叩き足りないと戻って来たのか。俺が振り返ると、そこには俺の知らないトドの様な男が立っていた。彼は細目に目一杯力を込めてこう言った。
「同志よ、あの辺りの生垣がお勧めでござるよ。」
俺はお前の同志じゃねぇ~~~ッ。
「え~~~っ、レンさん、神官さんの水浴びを覗いたんですかぁ~~~っ。
さぁ~~~いてぇ~~~っ。」
「馬鹿、大きな声出すなよ。だから違うって。
俺も水浴びに行ったら、鉢合わせになっただけだって。」
俺はその後、ヴァルを起こしてから朝食に向かうと給仕の少女ニコルに罵られた。何で知ってんだ。
「それであの人、いつもあの時間に水浴びしてるのか。」
「あっ~~~っ、また覗こうとしてるんですかぁ~~~っ。」
「そう言えば、ご主人様はいつもはこんなに早く起きない、痛っ。」
しまった、変な事を聞いてしまった。ニコルがまた興奮し、ヴァルも余計な誤解を生みそうな事をいいそうだったので、叩いた。
「それで、初めて見たが、前からここに泊まっているのか。」
「あの人は星の神の神官さんでフリーダさんというらしいですよ。
この宿には昨日から泊まっているんです。
でも、星の神なんてあまり聞いた事無いですね。
海のある南のマニンガー公国から来て、
聖地巡礼に北のカウマンス王国に行くらしいです。」
ニコルちゃん。個人情報駄々洩れか。ちなみにこのカウマンス王国は農業国だけあって大地女神ドロテーアを信仰する者が多い。王都で色々この国の常識を調べた時に知ったが、星の神は海の向こうの国で信仰されている神らしく、近年王都で小さな神殿が出来たらしい。
星の神はこの国ではマイナーなので、それ以上の情報は調べなかったので分からない。でもきっと、神官というくらいだから回復魔法とか使えるのだろう。味方に一人は欲しいが、あの初対面ではもう無理だろうなぁ~。
それにしても、この国ですら王都にやっと神殿が出来たくらいなのに、さらに北にその宗教絡みの聖地なんてあるのか。まあ、俺が考えても仕方ないか。
朝から酷い目にあったが、俺は人手集めの為に冒険者ギルドに行く事にした。道案内にディルクを雇い、護衛にはヴァルとクルト、荷物運びには山羊達がいる。基本、俺の探知スキル頼りに魔物を避けて進むので、随行者は少数がいいが、採掘時にもう少し人手が欲しいからだ。




