さよならメリーさん
バックハウス農園の労働者は半分が自由身分の小作人、残り半分が奴隷なのだそうだ。だが屋敷の前まで案内してくれた男によると、この農園ではあまり奴隷かどうか区別なく割と仲良く働いているらしい。というのも、バックハウス男爵は労働者達の汗の最後の一滴まで搾り取る様な働かせ方はせず、秋の収穫祭では小作人にも奴隷にも気前良く贈り物を送るらしいのだ。カッパ、いやイーヴォさんの話では、ペルレ周辺で最も働きやすい農園らしい。
連れて来た男の奴隷を見せるとバックハウス男爵との商談はすぐに済んだ。少女達も門の男の話を聞いて必死に自分を売り込み、無事引き取られた。それから少し俺の王都の話を聞かせた後、俺が求める動物もあっさりと売ってもらう事が出来た。
商談はバックハウス男爵の執務室と思われる部屋で行われたが、紅茶にクッキーまで出してもらった。ヴァルブルガが涎を垂らしそうな勢いでクッキーを見ていたので、男爵に断ってから渡してやると大喜びしていた。そして、それを見た男爵も嬉しそうな顔をしてクッキーのお代わりを出してくれた。いい人だ。
そうして予定通り昼過ぎに商談を終えた俺達は、バックハウス男爵の元を辞し、ペルレに帰る事にした。バックハウス男爵には泊って行かないかとも言われたが、2日後の迷宮探索の準備もあるので丁寧に断った。凄く微妙な気持ちなるが、農園を出る時には男爵だけでなく本日売った奴隷達も揃って見送ってくれた。俺と目が合って顔を伏せ、泣いていた少女も凄く穏やかそうな農園に安心したのか笑顔で見送ってくれた。まあ、後ろ髪を引かれる思いで別れる事にならなくて、良かったか。
俺達4人は王都へと向かって歩ている。帰りはメリーさん(ロバ)もいないし、荷馬車も無い。今回購入した動物の代金の一部として引き渡したのだ。その動物は行きの男奴隷と同じ様に、クルトの腰に結ばれたロープに繋がれて付いて来ている。
「めぇ~~~。めぇ~~~。」
そう、俺が買ったのは山羊だ。俺は日本にいる時テレビで、とても人が登れない様な崖を山羊がヒョイヒョイ登って行くのを見た事がある。山羊は元々山岳に住み、場所によっては荷運びにも使われるらしい。それを思い出した俺は、山羊ならダンジョンの傾斜でも通用するのではないかと考えたのだ。
今回俺が農園から買ったのは体高約1m、体重100㎏超の山羊だ。馬よりは小さいが、日本で見た山羊よりも大きい気がする。まあ、アフリカとか南米ならこんな山羊もいるかもしれないが。こいつらならダンジョンでも1匹30㎏くらい運べそうである。
俺はこの山羊達をメリーさんと荷馬車と引き換えに3匹、金貨1枚(10万円)であと2匹を購入した。積載量30㎏x5匹でアントナイト鉱石150㎏なら金貨7枚半にはなるだろう。これでやっと採算に乗りそうである。
それにしてもコイツ等怖いな。角は切り落としている様だが、何だかそれなりにデカくて威圧感がある。日本の動物園で見た時も、もっと小さい山羊でも目は怖かったしな。今、コイツ等の背にはプラムの様な果物を載せている。ちょっとまだ青いが、まあペルレまで持って行けば売れるだろう。銀貨50枚で買い付けて、金貨1枚ぐらいで売れる事を期待している。
ペルレまで1時間といったところまで道を引き返した辺りで、探知スキルに反応があった。岩陰に人3人が隠れている。実は行きにも感知していて恐らく盗賊の類だと思われたが、出て来ないので放っておいたのだ。
コイツらも馬車を引くのが、商人風の俺とイーヴォさん、それと女護衛っぽいヴァル1人だけなら襲って来たかもしれない。しかしこちらには、太い棍棒を持った身長2mを超えるオークの様な大男、クルトがいる。威圧感満点である。盗賊なんて奴らは組みし易そうな相手には笠に着て襲い掛かって来るくせに、ちょっと手強そうな相手を見れば隠れて出て来ないもんだ。きっとコイツ等はクルトにビビって襲うのを諦めたのだろう。
俺にしても無駄な危険を負う気は無いので、襲ってこないなら無視だ。放って置いたら他の商人が襲われるかもしれないが、それはまあ自分達で対処したらいいだろう。この道はバックハウス農園に続いているので、世話になった男爵が困るかもしれないと思うと少し心が痛いが、今は余裕がない。機会があれば次回対処するかと思いながら、俺はそっとその場を離れた。
ペルレに着いた俺達はイーヴォさんと別れた。ちなみに奴隷運搬の報酬は銀貨50枚だった。
その後、俺達は『幸運のブーツ亭』に戻ると山羊達と一緒にクルトには馬屋に戻ってもらい、山羊達の馬屋使用料について宿の主人のアーブラハムさんと話した。メリーさんと荷馬車は無くなったが、山羊が5頭増えたので馬屋や納屋の使用料はほどんど変わらなかった。
それから俺とヴァルは、宿の食堂でニコルちゃんの出してくれた塩スープと一緒にパンを頬張り、エールで喉を潤す。塩スープはニジマスか何か魚の干物の欠片が入っていて、いい出汁が出ていたのか旨かった。ふう。明日も頑張ろう。




