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帰って来たぜ

「じゃあな。また機会があったら頼む。」


 迷宮書記官のカスパルと一言二言挨拶を交わした後、『迷宮門(ダンジョン・ゲート)』を出た俺はそこでインゴ達に銀貨15枚(1万5千円)を渡して別れを告げる。足を負傷したエラには悪いが、この世界には労災なんて無いので最初に約束した分の報酬だけを渡した。インゴ達はエラの足に落ち込んでいるが、俺に当たる様な事は無く素直に帰って行った。

 そのまま真っ直ぐ『幸運のブーツ亭』に戻った俺達だが、宿に入った時には日も暮れていた。


「お疲れ様でした。食堂に行けばもう夕食を食べれますよ。」


 宿の主人アーブラハムが俺達に丁寧に声を掛けてくれた。物腰の柔らかいこの主人は、穏やかなをほほ笑みを浮かべているが、頭はバーコード状に禿げて(あぶら)が照り、体は太目(ふとめ)で腕はハムの様だ。まさに(アブラ)ハム。

 だがそんな事はいい。俺は納屋に回ってクルトに声を掛ける。クルトはずっと納屋で休んでいた様で、トロールに付けられた傷はもうだいぶいい様だ。万一に備えて彼の食料として置いて行った3日分の(いも)(かぶ)は、もう半分食べた様だがまあ仕方ない。

 それから部屋に戻って服を着替える。1日ダンジョンで歩き回ていたので汗と埃まみれだったから、シャツを変えるとスッキリした。ヴァルブルガには先に部屋に戻らせていたので、俺が部屋に入った時には着替えは終わっていた。別に必要ないが、着替え中に扉を開けてきゃっ、みたいなサービス精神はヴァルには無い。

 宿の食堂に降り、空いているテーブルに付いたところで直ぐに食事が出て来た。オートミール(オーツ麦)と少々の野菜、ベーコンを山羊か何かの乳で煮た、いわゆるポリッジという奴だ。日本にいる時にコーンフレークと間違えてオートミールを買った時は、その淡白で微妙な味に消費に困ったが、この宿のポリッジはまあまあ食べれる。それとも俺が疲れ、空腹だからだろうか。前に座るヴァルを見ると美味しそうとは言わないまでも、文句も言わずにバクバク食べている。


 食事を終え、エールを呑んでいると宿の給仕の少女ニコルがやって来た。彼女は愛嬌があって、話好き。いつもキッチリと肩下までの赤い髪を三つ編みにして左右に下げている。垂れ気味の目を見ると、日本の某放送局のアナウンサーでもそういうタイプが流行っていたのを思い出した。


「レンさん、お客さんが来ていますよ。」


「ん?誰だ。」


「うふふっ、私は名前を聞いてませんが、

 レンさんが呼んだんじゃないんですか。」


 ニコルはそこまで言うと口を俺の耳に寄せ、小声で話す。


「ちょっと田舎者っぽいですけど、おっぱいの大きい子ですよ。」


 ぐはっ。エラか。来るって言ってたけど、火傷もしてたし今日は無いと思っていた。っていうか、あの怪我でよく来たな。そしてニコルちゃんに知られたく無かったぜ。







「おっぱい好きなんでしょ。

 たんと召し上がれ。」


 宿のエントランスで会うと、怪我の様子を聞こうとした俺に、エラはぎゅっと体を寄せ、そんな事を(ささや)く。そしてそこから体感10分、実測30分程、俺は干からびていた。ご馳走を口いっぱいに詰め込まれ、止めて、お願い、それだけは、と言っても、まだ入るでしょ、とさらに押し込まれる。そんな事が起きた気がする。たった今、「時間」が飛んだぞ。魔空(まくう)、いやマシュマロ空間に引き摺り込まれたのか。

 フラフラしながら、それでもエラを宿のエントランスまで送ろうとすると、そこで待つヨーナスと目が合てしまった。何故、此処にいる。エラを探しに来たのか。しまったヴァルがいない。ここでエラに何をした、と殴り掛かられたら今の俺は『探知スキル』が有っても躱せる自信が無い。

 と、一瞬で頭を回したが、ヨーナスは俺に目礼(もくれい)するとエラと一緒に出て行った。エラはメチャメチャ笑顔で手を振っていた。何だったんだ。頭が回らない。ひょっとして夢だったんじゃないだろうか。その時、俺の耳に二人の話声が聞こえる。


「エラ、大丈夫か。」


「うん、元気元気。

 ヨーナス君とインゴ君と宿のお友達と、酒場のお友達と、

 夜が明けるまでに皆と遊べるよ。」


「いや、そうじゃない。足の怪我の事を聞いたんだが。」




 頭を振って宿の階段を上がる俺。この辺りの例に漏れず宿の階段は暗いが、それでも客の為に1個でもランプを置くこの宿は良心的な方だろう。廊下はさらに暗く、俺の部屋の中も小さな窓から取れる星明りだけの暗闇となっていた。そんな部屋の隅、顔に恐ろしい傷のある女が死んだ目をして体育座りしていた。

 居るのを忘れていたが、部屋を出るタイミングを逃し、惨劇を目撃したのだろう。動く事も出来ずただ見続けるだけ。まるで時空から切り離され、透明人間になった気がしたに違いない。

 俺は暗闇の中、右手を顔に当て、左手でヴァルを指して言った。


「ヴァルブルガ!

 きさま!

 見ていたなッ!」




 無言。圧倒的無言。俺達はその後、一言も喋らずその夜を過ごしたのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ヴァルが居たなら無料サービスか……。 元々サービス精神旺盛な上に、命の恩人扱いかな?
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