落ちて来たモノはえげつなかった
それが落ちて来た音はとてもとても小さな音だった。べシャリ。ちょうどエラの頭の真上から落ちて来た。落ち始めるまで俺の『探知スキル』でも、まるで岩か何かと同じ様にしか感じられず、そこにいるのに全く気付かなかった。
ギリギリだった。落ちて来て初めて襲って来ているのに気付いた。ギリギリ手を伸ばし、引き倒した事でエラは直撃を免れた。免れたのは直撃だけだが。
エラのいた岩場の上に落ちたそれは、まるで泥の様にそこで弾けて広がった。だが、そのランタンの光の中で見たそれは、泥とは違い淡い緑色をしており僅かにヌルヌルと蠢いていた。そいつの名はグリーンスライム。
グリーンスライムの事は冒険者ギルドで聞いていた。第1層で最も恐ろしい魔物だと。気配を悟られる事無く突然、天井から落ちて来る。それを被った者は、じわじわと体に沁み込まれ、沁み込んだ部分から人からグリーンスライムに置き換えられて行く。
だが度々(たびたび)目撃される割には、その凶悪な性質を持つグリーンスライムに殺される冒険者は意外な程少ない。まず天井から落ちて来るグリーンスライムだが、人に直撃する事は非常に少ない。その殆どは人から外れ、只地面へと落ちる。
落ちたスライムは、弾けて人の体に掛かる事がある。スライムはその一部でも人の体に取り付けば、そこから人の体を侵食しスライムへと変えて行く。ヘドロの様な体は剣で突き刺しても切る事は出来ない。手で取り除こうとしても、手に移るだけだ。しかし火で焼く事は出来る。当然、人に付いたスライムを焼けば、人も火傷を免れないが。
俺の目の前にグリーンスライムがいる。ゆっくりとだが、蠢いている。そしてエラの左足の膝下にもベットリと付いている。エラの足に付いたグリーンスライムは、焼かなければいけない。だが、女の足に大きな火傷の跡を残す様な役はやりたくない。恨まれそうだからな。
よし、人に押し付けよう。
「インゴ、エラの足にグリーンスライムが取り付いた!
エラの松明を拾って焼け! 早くしないとエラがスライムに溶かされるぞ。
ヨーナスはエラが暴れない様、抑えて置け!」
「エラ!」
「スライムだって!?」
経過は割愛するが、俺が指示した通りヨーナスがエラを抑え、インゴがエラの足のスライムを焼いた。予想通りエラは大層痛がり、左足に大きな火傷の跡が残った。泣き叫ぶ女の足を焼くなんて気分が悪くなりそうだし、自分でやらなくて良かった。
俺はインゴの持つ松明から、新しい松明に火を移し足元のグリーンスライムを焼く仕事をしていた。ヴァルブルガは俺の横に隠れる様に、エラの足が焼かれる様子を覗き込み、吐きそうにしていた。お前、本当そう言うの弱いよな。剣の修行時代、怪我する奴とかゴロゴロいたんじゃ無かったのか?
それにしても、また探知スキルで気付けない敵か。何故、気付けなかったのか。スライムは人が真下を通るまで、岩か何かに変異して非活性化しているのか。そして人が通るとまるで、熱感知センサーが働いた様に待機状態から、活性化して落ちて来るのか。分からないな。何にしても不幸中の幸いと言うべきか、スライムが顔に掛からなくて良かったぜ。
それから松明を持つヨーナスを先頭に、インゴがエラに肩を貸し、その後にランタンを持つ俺とヴァルが続く様に地下洞窟を進む。ヨーナスは今まで以上に緊張した様に時々天井を見上げる。エラは痛みに呻き、足を引き摺って歩くのを、インゴは励ましの声を掛けながら進む。ヴァルも俺の後ろで周囲を警戒している。俺は『探知スキル』により意識を割いていたが、幸い敵は近くにいない様だった。
これがテレビゲームなら、今回の探索は他人の戦闘をイベントで眺め、雑魚敵コボルトを1匹討伐。スライムに少しダメージを喰らうが、他に負傷は無し。何の感慨も沸かない初期イベントだろう。しかし、リアルになると暗い洞窟に精神的に疲労し、仲間の女が跡の残りそうな火傷を負ってパーティーのメンバは全員意気消沈。
大体において暗闇の洞窟の奥というのが恐ろしい。もし灯りを失ったら、もう帰る事は出来ないだろう。壁に手を付け、地図の記憶を頼りに進もうにも、小さな支道や溝も多く途端に自分の位置を見失う。万一彷徨った後で灯りを手に入れ周りを見回したとしても、岩ばかりで目印になる様な物も無く、自分が何処にいるのかどっちに進めばいいのか分からない。
そんなところに何時間もいるというのは正直キツイ。これがもっと奥に行って数日過ごすなんて思うと、まるでダイビングボンベを背負っているとはいえ、帰り時間を誤ったら戻れなくなる水中探検の様な重圧を感じる。楽しいダンジョン攻略なんてとんでもないな。
「ふぅ~~~っ。」
「ご主人様、大丈夫か。」
「ああ、気は滅入っているが一応、大丈夫だ。
もう一息だ。頑張ろう。」
大洞窟を抜けて上り坂を上がって行くと、最初に見た石畳が見えて来る。
「よう、お帰り。」
『迷宮門』の迷宮書記官のカスパルが声を掛けて来た。




