3人目の魔法使い
コボルトの増援が『亜人の顎』に入り切って人間側を包囲したところで、俺は他のメンバに戻るよう呼び掛けた。インゴ達は顔を見合わせてから動き出した。きっと今、顔を見れたら腑に落ちない顔をしているのだろう。だが、今の灯りではそこまでは分からない。
俺達が上に戻ると、俺が探知で把握した通りの光景になっている。その光景に俺以外のメンバは息を呑む。
「やはり、増援による包囲。
二級戦力は壊滅か。」
切れ者っぽい発言をしてみる俺。
「おい、分かってたなら何で教えてやらないんだ。
死ぬ奴も出るかもしれないぞ。」
まあ、インゴなら噛みついて来るか。熱いなあ。めんどくさい。
「かも、じゃない。これから20人は確実に死ぬ。
だが教えに行ってたら、そいつも囲まれて死ぬ。
それにお前は俺の護衛で、アイツらの護衛じゃない。
自分の仕事をしろ。」
「そ、そうだぜ、インゴ。
それに『赤い守護熊』はベテランなんだ。
余計な口出しはしない方がいいだろ。なあ。」
俺の答えに睨みつけて来るインゴだが、ヨーナスが取りなすと下を向いた。
「だが、人が死ぬのを黙って見ているなんて。」
「インゴ、あなたのせいじゃないわ。ねっ。」
何かインゴが主人公っぽい事言ってんなぁ。あっ、このタイミングで正規メンバ以外が半減したな。というか、正規メンバは崩れないな。ん?何かやるのか。
「おい、伏せろ。」
俺は声を上げると同時に、伏せて頭を抱える。それと同時にドンと腹に響く轟音と洞窟を揺らす振動が襲う。
振動が収まり、頭を上げると『赤い守護熊』正規メンバの周りの3方向に人の身長の2倍弱、約3m程度の壁が出来ていた。ゲームで言えばストーンウォールの魔法だろうか。
居てもおかしくは無いが、『赤い守護熊』には魔法使いが居たんだな。この世界には意外と魔法使いは少なく、俺がこの世界に来て見た魔法使いはジークリンデお嬢様、推定転生者のアリスに続いて3人目だ。俺も味方に魔法使いが欲しいな。
何にしろ、これで正規メンバは1面だけに対応すればいい。そして非正規メンバは完全に壁の外に切り離されている。
それからすぐに壁の外の非正規メンバは全滅し、さらに1時間正規メンバが崩れなかったせいか、コボルトの勢いが止まって壁の入口で睨み合いになる。その時『赤い守護熊』側には、負傷したらしく後ろに下がった者はいるが正規メンバに死者は無し。逆にコボルトはさらに100体は殺され、残りは240体程度。コボルト側は戦闘前に比べて4割が消耗、『赤い守護熊』側も4割を消耗させたが非正規メンバのみ。損耗度から言えば五分五分だが、まだコボルト優勢ともいえる。
このまま膠着が続く、とはならない。俺は『探知スキル』によって、コボルトの群れの最後尾に強個体がいるのに気付いていた。しかし、それが壁の入口の前に出て来たからだ。強個体が前に出て来た事によって、他のコボルト達もまた勢いを取り戻して『赤い守護熊』を攻め始める。
だが、そこで『赤い守護熊』の奥に控えていた2人の人間が前に出る。1人は冒険者ギルドで見たハルトヴィンだろう。『探知スキル』によってその強さが伝わって来る。そしてもう1人はハルトヴィンに匹敵する、もしくはそれ以上の強者の様だ。その2人の参戦によって勢いを増したコボルトも押し止めている。さらに奥で先程の魔法使いが決定打の準備を始めた様だ。
ズドン。
突然、コボルト達の上に天井から石の柱が落ちて来て、圧し潰した。1度目の魔法以上の轟音と振動が俺達を襲う。
嘘だろ。
遠めに見て石の柱は恐らく幅10mはあるのだろう。今の一撃で、強個体を含めて40体近くのコボルトが即死、もしくは瀕死になった。そんな攻撃を使えるのならもっと早くから使えばとも思ったが、『赤い守護熊』達の奥にいる魔法使いの強さが急激に減少している。恐らく今の魔法で魔力的な何かの大半を使い切ったのだろう。だから『赤い守護熊』は、コボルトを指揮しているとみられる強個体が現れるまで魔法を温存していたと考えられる。
周りを見回すと、ヴァルブルガもインゴ達も呆然としている。きっと俺も同じ顔をしているのだろう。それにしてもあの魔法、ヤバイな。天井までの高さは10~15mくらいか。仮に石柱の速さが自由落下と同じ、石柱の出現と同時に気づいたとしてもまず逃げられないだろう。俺がそんな、ある意味呑気な事を考えていた時だった。
「ギャアーーーッ。」
「ゲェアーーーツ。」
「ギャギャーーーッ。」
コボルト達が、石柱の周りで絶叫なのか遠吠えなのかを上げ出す。そら、目の前で自分達のボスや仲間達が一瞬で圧殺されたら、泣き叫んでも可笑しくは無い。
「イギャーーーッ。」「ギャガァーーーッ。」「グォアーーーツ。」
そうして、およそ全てのコボルトが吠えている様に思えた次の瞬間、コボルト達が四方八方に走り出した。あれ、マズくね。




