岩の隙間に潜む者
ここに来るまでに戦闘は無かったが、何もいなかった訳ではない。岩の隙間には虫やら蜥蜴やら鼠やらがいて、羽虫や蝙蝠が飛んでいたこともあった。だが、それらは脅威にならないせいか、俺の『探知スキル』にはほとんど検知され無い。
たまに『探知スキル』が危険を訴える事があったので、そこを迂回する様に指示して少し離れた所からランタンで照らすと、岩の隙間に二つの光点が見えた事があった。どうやら岩の隙間に毒蛇の類がいたのだろう。冒険者ギルドで聞いた第1区にも生息する毒蛇は、白と黒の縞模様を持つが凡そ1m程のマムシの様な蛇で、人間でも運が悪かれば死ぬような猛毒を持つものの、近付かなければ積極的に襲い掛かって来る事は無い。
こういった危険を数m先から感知できる俺の『探知スキル』は、不慮の災難を避ける事が出来るので非常に助かる。ここまでは先回りして避けていたので、特に危険を感じる事は無かった。そして今、インゴが剣を振るった辺りにも危険は感じていない。その割れ目の奥には何かが20~30匹はいるが、その危険度は毒蛇比べるべくも無くほぼ鼠と同じ程。実際俺は鼠がいるのか、ぐらいにしか思っていなかった。
「おい、待て。
お前は俺の護衛だろ。俺から離れてどうする。」
「ゴブリンが居たんだよ。
早く追わないと逃げられるだろ。」
俺はインゴを呼び止めるが、インゴは頓珍漢な答えを返す。お前の仕事は討伐じゃないだろ。それに俺は『探知スキル』の反応の薄さと、ゴブリンが見えたという情報でピンと来るものがあった。俺は怒鳴りつける。
「それはお前の仕事じゃない。
それにお前の見たゴブリンは、これくらいじゃなかったか。」
俺は両手でダチョウの卵でも掴むかの様な形を作る。
「いや、もっと大きかった…気がする。」
岩の割れ目に半身を入り込ませていたインゴだが、体を戻して俺に振り返ると、最初威勢よく否定しようとしたが、俺と岩の割れ目を交互に見ながら段々と尻すぼみになる。どうやら自分でも冷静になれば、それ程大きくなかった気がして来て、ばつが悪い思いをしているのだろう。その反応から俺はコイツが見たモノが、冒険者ギルドで聞いたピグミーゴブリンだと断定した。
ピグミーゴブリンは体長20cm程のゴブリンで、普通人間を攻撃しては来ない。被害が出ると言えばこっそり食べ物や小物を盗むくらいだろう。まさに公園の猿と同じだ。すっごいブサイクだけど。ただし、自分で碌に動けない様な瀕死の深手を負った人間が出会ってしまうと、集団で食い殺される事もあるという。
毒蛇やピグミーゴブリンは岩の隙間に入り込まれると追う事が出来ず、脅威度も低いので第1区の掃討でも除外されているらしい。
はあ、それにしてもインゴの奴。勝手に俺の傍から離れるとは、護衛の意味が無いじゃないか。少しばかり詰めてやったが、これで反省しない様ならコイツとの付き合いは今日までとなるだろう。一応、しばらくインゴは大人しくなった。
推定ピグミーゴブリンを放置し、俺達は少しペースを上げて進んだが、『赤い守護熊』とは距離を開けられてしまった様だ。『命知らずの狂牛団』の様な部外者を入れたとはいえ、流石強者。俺達よりもだいぶ速いペースで進んでいるのだろう。
俺達が大空洞に出た所からさらに1時間~1時間半進んだ所で目指す2番目の横穴に着く。相変わらず光や音でその位置を察する事は出来ないが、俺の『探知スキル』が正しければ、この時点で『赤い守護熊』は俺達よりも1kmは先行していた。そして彼らはそこで停止する。どうやら小休止の様だ。
迷宮に入って2時間くらいだが山道の様なものだったし、これからコボルトと戦闘する事を思えば、丁度いい頃合いか。俺はコボルトと戦闘する気は無いので、この間に距離を詰める事にした。
大空洞を出る横穴に入って20分。小休止する『赤い守護熊』とは500m程度まで距離を詰められたが、どうやら彼らは移動を再開する様だ。恐らく4区まではもうすぐだろうし、下手に距離を詰めれば彼らに気づかれたり、コボルトとの戦闘に巻き込まれるだろう。
「おい。今、何か見えた気がした。」
俺はインゴ達にそう呼び掛けた。まあ、何も見えてはいないが。
「何か居るかもしれない。エラ、松明は地面ギリギリまで下げろ。」
「何かって何だよ。」
俺の指示にまたインゴが嚙みつく。煩い奴だ。
「知るか。魔物かもしれないだろ。
みんな気を付けて進むんだ。ここからは声も落とせ。」
「なあ、1区は魔物が出ないハズだろ。戻ろうぜ。なあ。」
今度はヨーナスが問いかけて来た。面倒だな、もうバラすか。
「この先は4区に続いている。が、約束通りまだ4区じゃない。
ここから『赤い守護熊』とコボルトと戦闘をギリギリまで行って観戦し、今後の参考にする。
何、巻き込まれない様十分距離は取るさ。」
さて、コイツ等の反応はどうだろうな。




