日当5万円。ただし経費込み
「あ、レンさん、ヴァルさん。」
『幸運のブーツ亭』に戻ると1階の食堂にアリスがいて、声を掛けてきた。クリっとした目とニコニコした表情が可愛い。呼んでいる様だったので、同じテーブルの空いた席に着いた。
「アリスさん、今晩は。
トロールは売れたんですか。」
「そうなんですよ。それも金貨9枚(90万円)にもなったんです。
本当に私が全部もらっても良かったんですか。」
まじか。わざわざ運んできた林檎荷車1台分の倍近いじゃねえか。林檎が傷んでも、もっと素材を取ってくれば良かったか。でも、もう一匹出たら危ないし。よし、忘れよう。
「勿論ですよ。
私達ではどうにもならないところ、貴女が一人で倒したのです。
全て貴女の物ですよ。
それでアリスさんは、どこかのパーティーに入って大迷宮に行くのですか。」
「そうなんですよ。
冒険者ギルドで絡んできたオジサン達をボコってたら、
『財宝犬』というパーティのコルドゥラさんという人に誘われて。
明日、お試しでパーティに参加して迷宮に潜る事になったんです。」
おっふっ、さすが主人公的転生者。ギルドの先輩に絡まれるテンプレイベントを熟して、もう参加パーティが決まったのか。
「そうなんですか。さすがですね。」
くそ、何とも平凡な返ししか出てこねぇ~。それにしてもトロールを殺したり、オジサン達をボコったりメンタル強いな。剣や魔術のチートの他に、精神強化とかもあるんだろうか。
その後も雑談を交わしてこの日はアリスと別れ、部屋へと戻った。部屋は窓から入る月明りだけで暗い。ランタン(ランプ?)を点ける事も出来るが、その場合は油代を払う必要があるので、今は節約している。
俺が自分のベッドへ座ると、すぐ横に気配を感じて振り返る。月明りに照らされて浮かび上がった顔には、右の額から左頬に向けて裂けた恐ろしい傷跡が見える。そしてその眼光はまるで生者を憎む悪鬼の如く鋭い。
ひっ、心の中で悲鳴を上げる俺。
「では今夜は私が伽を、
あいてっ。」
そんな事を言いながら、俺のベッドに上がり込もうとするヴァルブルガの頭を叩く。
あ~、びっくりした。お前、暗い所で急に見ると怖いんだよ。ポンコツのくせに、目力強いし。俺は内心の動揺を隠して、なるべく素っ気なく告げる。
「ベッド2つあんだから、そっちで寝ろよ。」
「私だってまだ乙女なのだ。
そんなに邪険にせずに、もう少し優しくだな。
奴隷に落ちた以上、人並みの幸せは諦めて、
ご主人様に少しでも気に入られて良い待遇を、
と頑張っているのに。
それでご主人様、明日はどうするんだ。」
「お前、待遇目当ての色仕掛けとか、
それ俺の前で言うなよ。
ああ、昼からは冒険者ギルドに行くが、午前中は空いてるからこれを売りに行く。」
俺は荷車の林檎の底に隠しておいた、もう一つの商品を取り出した。
翌日の午前中、俺はヴァルを連れて職人街に行き、看板を見ながら目当ての店を探していた。ちなみ、クルトは芋の山と一緒に宿の納屋で療養してもらっている。
「ご主人様。
ここは糸とハサミの看板が下がっているから、仕立屋ではないか。」
「おっ、それっぽいな。よし。
ごめん下さ~~~い。」
そう。俺達が回っているのは仕立屋だ。もちろん、服を作ってもらいたい訳じゃない。実は王都を出る時、布問屋のヴィルマーさんからシルキースパイダーの布をほんの数巻、荷車一杯の林檎の山と同じ金貨4枚(40万円)で仕入れておいたのだった。これは、林檎の荷車の底に隠しておいた。
シルキースパイダーの布は高級生地で、大きさの割に高く売れる。だったら生地だけ運べばいいと思われるかもしれないが、露骨に高級生地を運ぶよりも林檎の荷車に見せかけた方が、道中襲われる危険も下がるのではと考えての事だ。まあ、資金の問題も大きいが。
実は原料のシルキースパイダーの糸は、この街の迷宮のシルキースパイダーから採取される。この街でも布を作っているが、王都の機織り職人が作った物の方が質が良く高価で取引されている。この街に住む人間は迷宮から出る素材のお陰で金回りが良く、高級生地の需要もそれなりに高いのだ。
結局数軒の仕立屋を巡って、全部で金貨6枚(60万円)で売る事が出来た。実は、半数はヴィルマーさんからの委託販売だから上手くいったというのもある。つまりヴィルマーさんが売る契約をしていた物で、一部タイミングが悪く、他とまとめて送れなかった物を、俺に回してくれたという訳だ。ありがたや、ありがたや。
これで何とか林檎と合わせて4日の輸送で、粗利で金貨2枚(20万円)儲けた事になる。日当銀貨50枚(5万円)か。まあ、準備にかかった時間や手間、トロールと遭遇した事を考えると楽な仕事だったとは言い難いが。
まあ、何にせよ。ひと商売が無事に済んだところで、次の商売のネタ探しに冒険者ギルドの説明会に行ってみますか。




