一年後の彼ら
獅子王が倒れた後、大規模な衝突は無かったものの、廃村や森に潜む小規模な獣人達のグループ、そして地元の一般的な魔物を討伐する機会は多かった。俺の配下の中ではアンスガー、エーデリッヒ、オグウェノ達はその主力となったのだ。俺は彼らを労う為にも順次、奴隷から解放して家臣となってもらった。
俺が伯爵になった後、貴族としての仕事に忙しくトルクヴァル商会の活動はほとんどをブリギッテさんとベルントさんに任せることになった。ベルントさんはペルレの復興に協力し、他の出資者と共に奪還から半年でミスリル採掘を再開させた。
ブリギッテさんはザックス男爵領の収益化を含め、王国西の俺の伯爵領内の木材の売買などを後輩のハーラルト君に任せて、自分は二つに割れた元マニンガー公国に突っ込んでいって、インカンデラ帝国の工業品やサイード教国の香辛料などを輸入しようとしている。
伯爵領内は新たに旧デルブリュック子爵領の文官を加え、エスレーベン子爵時代の文官筆頭オスヴィンを中心に、徴税官に権威的思考のあるゴットホルト、木材事業のハーラルトとの窓口にテンションの高いファビアン、財務の主任に気弱だが真面目なマインラート、王都屋敷管理に強気なカサンドラで回している。
王都といえば亡国のアロイジア公女は、二つに割れた元マニンガー公国のどちらに帰るかに極めて政治的な意味があるらしく、帰還できずにまだ王都に滞在しているらしい。本人は俺の領地で面倒をみてくれと言っているようだが、そんなん面倒な未来しか見えないのでスルーさせてもらっている。
コースフェルト伯爵の息子を助けたジルヴェスターは、どうしてもと乞われて奴隷解放の上でコースフェルト伯爵家に移籍した。どうも助けた息子に気に入られて、騎士になったらしい。ミスリル鉱床について知っている奴ではあるが、ゴルドベルガー公爵家に喧嘩を売ったりはしないだろう。
コースフェルト伯爵の傘下にあったバックハウス男爵だが、獣人達に荘園を荒らされ、主家も領地を減らして荘園の再開が出来ずに困っていたので、是非にとお願して元デルブリュック子爵領内の一部地域の農村の代官をお願いした。
男爵の荘園で米作をさせていたハイモは、いつのまにか行方不明になっていたので米作計画は一時中断となった。それから以前に奴隷として買った錬金術師ボニファーツ、火の魔術師メルヒオール、念力の魔術師ヨナタンは、火薬や銃の秘密を守るためにも奴隷のままとなっている。
旧エスレーベン子爵領の北西、旧デルブリュック子爵領の領都、俺のデルブリュック伯爵領の領都郊外の魔術研究所の屋外実験場で、一メートル程度の鉄の筒三つが空中に浮かび、標的の人型の藁束に近寄って行った。そしてその筒が一メートル程度の距離をおいて三方から藁束を取り囲んだ時だった。
ドドン
筒のそれぞれから破裂音がし、鉛の球が藁束を撃ち抜きそれを粉砕した。
「レン様、微妙ですね」
「うん、微妙だな」
俺に声を掛けたのはメルヒオールだ。あの筒には火薬と鉛玉が仕込まれ、ヨナタンの魔術で浮かせていた。火薬に火を点けたのはメルヒオールの魔法だ。彼らの魔法は弱く、あまり重い物は浮かせられないし、火種程度の火しかつけられない。
それでも彼らの魔法を知識チートで上手い活用法は無いかと考え、日本にいたころ見たロボットアニメで念によって自由に空中を飛び交う砲台をイメージして作ったのがこれだった。しかし魔術師二人を動員してこれでは、費用対効果的に弓で撃つ方がマシだろう。
俺の領地も広がったとはいえ、元々貧しい地域なので苦労もストレスも多い。この研究所はまあ、そんな俺の気晴らしの趣味であった。魔法へのロマンと言ってもいい。変な兵器は色々作ったが、全部試作段階で実用化されたものはない。
こんな事をしていれば現代日本なら奥さんに怒られただろうが、そこは中世ベースな男尊女卑社会のせいかコジマちゃんも文句は言って来ない。ちなみに現在火薬の研究・製造は全てゴルドベルガー公爵家が行っているので、元々火薬の研究をしていたボニファーツには俺発案の兵器等を色々作ってもらっている。
実験場から領主館に戻った俺は、執務室の自分の机の引き出しを開け液体の入った小瓶を取り出した。これはエルフから入手した魔法の回復薬で、俺の足を繋いだ神殿の魔法と同等の効果がある。王都で売れば、金貨百枚(約一千万円)になる代物だ。
今、この部屋には俺の護衛であるヴァルブルガと、護衛兼妾のヤスミーン、そして俺の小間使いとして控えているヘロイーゼとレオナ、俺本人の五人だ。ちなみにヘロイーゼはまだ十歳だし、強い押しで俺の小間使いに収まったレオナに対してはその気は無いので、どちらにも手は出していない。
俺は小瓶を見せてヴァルブルガに言った。
「ヴァル、これはエルフの薬だ。一番長く俺に付き合ってくれて、ずっと俺を守ってくれたお前に礼として受け取って欲しい。これならお前の顔の傷も治せるはずだ」




