デルブリュック伯爵
魔族、あるいは獣人との戦争後の大きな変化はマニンガー公国が無くなったという事だろう。マニンガー公国を襲ったのは海魔王クリサオラ・コロラタという巨大なクラゲの魔物だったらしいが、サイード教国の聖堂騎士に倒されたという。
しかしアロイジア公女の兄弟、公国の西に逃げた第二公子アンドレアスはインカンデラ帝国の軍船に保護され、東に逃げた第一公女アンゲーリカはサイード教国の聖堂騎士に保護された。それから公都ユーバシャールを含む公国の西側七割は帝国に、東側三割は教国に援助を受けて魔族を撃退した。
そして元公国の西側が第二公子を帝国の男爵としたインカンデラ帝国マニンガー男爵領、東が第一公女を総督とするサイード教国マニンガー教区となった。そしてカウマンス王国ではかって公国に別れたマニンガー公爵に配慮して公爵位は控えていたが、今回功績のあった三伯爵を三公爵に昇爵させた。
公爵へ昇爵したゴルドベルガー女公爵ジークリンデ様は、公爵家家臣幹部の第五席までを伯爵に昇爵させた。ちなみにコースフェルト伯爵家は血族と軍事力のほとんどを失い、領地のほとんどの防衛に失敗した事から公爵への昇爵は見送られ、実質的な支配力不足から領地の七割を王と三公爵に譲渡する事になった。
さらに旧ゴルドベルガー伯爵家の家臣、つまり俺がコースフェルト伯爵の血族を助けた事から、まあ、俺の知らないところでジルヴェスターがやった事だが、ゴルドベルガー公爵にはより多くのコースフェルト伯爵家の土地が譲渡された。
他の公爵家でもそうだが、ゴルドベルガー公爵傘下にも獣人との戦争で当主とその家族が全滅した子爵家、男爵家がいくつかあった。それらの整理の為、その内のひとつ、エスレーベン子爵家の北西にあったデルブリュック子爵家の爵位が俺に譲渡された。
俺はエスレーベン子爵であるコジマちゃんの夫であり、デルブリュック子爵でもあるとなった。そしてエスレーベン子爵領とデルブリュック子爵領が統合され、俺がデルブリュック伯爵となった。コジマちゃんはエスレーベン子爵という家を嫌がっていたので、これは彼女にも歓迎された。
また飛び地にならないような配慮から、幾つかの貴族家が配置転換され、特に貧しい西に領地を持つ貴族家は新たに手に入れたコースフェルト伯爵領内の領地へ移る事を希望した。俺はエルフとの取引を独占する為、西のオルフ大森林の境界で領地を広げる事を希望し、それは叶えられた。
また俺は最初に同盟を組み、他の獣人達と扱いの異なる獣人達を引き取って、大森林の前に集落を作らせた。一般に王国内では彼らは憎まれるだけでなく、恐れられてもいる。その評判を使って、俺以外がエルフに接触するのを防ごうと思ったのだ。
大領主となった俺だが、エスレーベン子爵家から正妻としてコジマちゃんを、ザックス男爵家から側室としてヘロイーゼを迎えていたので、無理に他家から娘を押し込まれるのはある程度緩和されていた。まあ、ザックス男爵夫人が王都の社交界で防衛した成果でもあるのだろうが。
奴隷から解放されたヤスミーンは俺の妾、つまり公式な愛人となった。わざわざ公式な愛人と言ったのは、非公式な愛人、それもみんな知ってる非公式な愛人がいるからだ。それは俺の領地に住む事になった獣人達の娘の一人だった。
王国の人間のほとんどは獣人を恐れているので、貴族として正式に側室や公式な愛人にはできないが、獣人達としてはこの地の支配種族である人間と縁を繋ぎたいという事だったし、自分の領地に五百人近い異種族を受け入れた俺としても、彼らに裏切られない為の保証は欲しい。
なので王国に認められた側室や公式な愛人にはできないが、実質的な愛人として受け入れるという事で獣人達の同意を得る事が出来た。またこの辺は正室のコジマちゃんや、側室のヘロイーゼはもちろん、ゴルドベルガー女公爵様や幹部会でも承認されている。
「まあ、しょうがないわね。これからは私が弱っちいあんたを守ってあげるわよ、レン。
この私、フェリスミーナカタサがね」
獣人達から嫁いできたのはミーナだった。ペルレ大迷宮を一緒に抜け出したり、獅子王の心臓を探しにまた大迷宮に潜ったりと面識はあったし、体の関係もあったし、割と可愛い性格もしているし、まあ嫌じゃあない。別におっぱいが大きいから喜んで嫁にしたわけじゃないよ。高度に政治的な、まあいいか。
それから一旦獣人達の手に落ちたペルレだが、コースフェルト伯爵領だったその周囲と共に王領として奪還された。多くの商会がそうであったように、トルクヴァル商会も王家主導の復興に協力し、ほぼ侵攻前と同じ立場を死守する事ができた。ミスリル採掘ももうすぐ始まるだろう。
王都だけでなく侵攻後の街はどこも壊された家屋や外壁などを直す為、木材の需要が多かった。もちろん、木材は近場で伐採される場合が多かったが、特に需要の多い王都付近では供給が足りず、広がった俺の西の領地からトルクヴァル商会が供給するそれはあるだけ売れて行った。
たったの一年であれほどの戦争から日常に戻る事は出来なかったが、それでもある程度の目途は付きそれぞれが日常に戻ろうとしていた。




