クルト
「「「クルト!」」」
俺もヴァル、ヤスミーンがクルトの名を呼ぶ。倒れたクルトの後ろには左右の首をだらんと力なく下げたケルベロスが立っていた。左右の首からは生気が抜けていたが、真ん中の頭だけは獣の顔でも怒りが伝わるくらい睨みつけ、引き結ばれた口の端には泡が垂れていた。メッチャ怒ってるよね。
左右の首はヤスミーンとミーナに負わされた傷で死んだのか。ヴァルブルガとヤスミーンが俺を立たせようと引き上げ、一人離れていたミーナが急接近して小剣で刺そうとするが、腰をくの字に曲げながら放たれた尾の一撃に弾き飛ばされる。
俺に反撃の手はないし、俺を支えているヴァルとヤスミーンも同じだろう。あるいは、俺を放っていけばとも思うが、不意打ちでもない正面からの攻撃では二人には荷が重いだろう。だが、俺は後ろから援軍が近付いてくのに気付いていた。
ドズ 「グギャァァッ」
ケルベロスの横腹、というか背骨より左の胴が大槍で大きく切り裂かれた。ケルベロスがひっくり返って暴れ回る。すると仰向けになったケルベロスの最後に残った首に向かって、大槍の刃が振り下ろされた。横腹に続き首からも血が噴き出す。しばらく藻掻いていたケルベロスはやがて動きを止めた。
大槍を持つ肌の色の黒い、長身の男は言った。
「倒してしまったガ、イイノダロ」
オグウェノだった。
クルトは背中に大きな傷を受けて死んでいた。他の者達も無数に傷を負っていたが、自力で歩けないのは俺だけだった。一通りの手当てが終わると、俺達はここを立ち去る事にした。クルトには悪いが、ここからオークやゴブリンの生息地を抜けるのに、連れては帰れない。
「クルト、これまでありがとうな。これはあの世の川の渡し賃、いや向こうで何かうまい物でもやってくれ」
俺は金貨を一枚クルトの口に入れて閉めさせた。どこかの国の古い風習でそんなのがあったはずだが、それよりも食べ足りなかった物をこれで買って食べてくれ、という気持ちを込めて金貨をおいて言う事にした。他の者もそれぞれ言葉を掛けて、何かを置いて行ったようだった。
「グヒヒヒヒッ、よおっ。ちゃんと戻って来たようだな」
それから俺達は探知スキルを使って魔物や危険を迂回しながら大迷宮を戻り、五日を掛けてペルレ市へ出る為の迷宮門まで戻って来た。ペルレの街を出てジルヴェスター達と別れたところまで戻ると、彼は二頭の馬を用意して待っていた。
俺とコースフェルト伯爵の息子をそれぞれ馬に乗せ、俺達は地上では魔族の拠点を避けて王都まで戻った。王都までの道中は明らかに魔族の拠点が減り、拠点があっても往きよりも明らかに数が減っている様に思えた。王都に着いたのは王都を出てから十五日後、心臓を撃ってから八日後だった。
「レン様、王都が見えてきました」
「ああ、ここまで来れば一安心だな」
俺達がゴルドベルガー伯爵軍の拠点まで戻ってみると、獅子王パンセラウィレオが倒された事を知らされた。獅子王が倒されたのはちょうど八日前で、王都の城壁を破り、王城の城門を破って王城まで入り込まれていたという。
俺はペルレ大迷宮で獅子王の心臓を破壊した事で、獅子王を殺したか、少なくとも無敵状態を解除して弱体化させ、討伐に繋がったと考えていたが、それを言うことは無かった。俺が心臓を破壊した事も、その心臓が獅子王を無敵化させるキーだったという事も証拠が無いからだ。
まあ、それ以前の功績もあるし、証拠もないのに騒いで揉める事も無いだろう。俺はバルナバスさんに面会を求め、ペルレ大迷宮で心臓を破壊した事は報告したが、その反応は微妙だった。
「レン卿、無事で良かった。今は軍を再編中で慌ただしいが、レン卿はまずその足を治療すると良いだろう」
俺は報告を終えると、王都の農業の女神ドロテーアの神殿に向かった。貴族や戦士向けの戦の神タラディンと違い、農夫や庶民向けの神殿だ。神殿に行ってみると多くの怪我人が来ていたが、ヴァルとニクラスをお供に付け、身なりを整えて行ったお陰かすぐに司祭に会う事ができた。
色々話をして金貨二百枚(約二千万円)のお布施を渡すと治癒魔法で足を繋いで貰った。凄いのは繋いですぐに歩けるようになった事か。攻撃魔法はいくつか見た事があったが、治癒魔法を自分に掛けてもらったのは初めてだったので、結構驚いた。ちなみに普段は金貨百枚のところ、怪我人が多いので値上がりしていた。
それから一年、魔族の侵攻は軍勢によるものから小集団によるゲリラ戦へと変わり、それも次第に東のノルデン山脈へと追い返されて行った。武闘派で魔族軍を主導していた層のほとんどは打ち取られ、あまり主体性もなくそれに率いられていた魔族達は降伏し、捕虜となっていた。
それでもかなり多くの魔族達がカウマンス王国に残り、主に土地の痩せた王国西側で集落を作る事を許されたり、奴隷として荘園などで働いたり、傭兵やゴロツキとして街へと溶け込む者もいた。獣の体の特徴を持つ彼らは、星の神の信者達を除けば、獣人という呼称が一般的になっていった。




