青白いエルフ
俺は心臓のある広間に入る前に、探知スキルで広間を探って心臓以外何もないのを確認していた。しかし俺が広間に入ってみると、すぐ近くに青白いエルフがいた。今、俺は再度この広間を探知スキルで見たが、目の前のエルフが映らない。ここにいないのか。
「お前はエルフ、いやダークエルフか?心臓の守護者なのか?」
「ふふふっ、傍観者。でいたかったが、いま心臓を潰されると人間が生き残り過ぎる。少しばかり邪魔をさせてもらうぞ」
エルフかどうかは無視か。おそらくコイツがダークエルフなのだろう。俺の問いにそう答えたダークエルフは、俺に向けてゆっくりと手を伸ばして広げる。相変わらず俺の探知スキルには何も映っていない。俺の前に盾を構えたヴァルブルガ出る。
「きゃっ」
一瞬、ヴァルの前に陽炎のようなものが見えると、彼女がフラリと倒れそうになってなんとか踏みとどまる。
「レン様、何をされたか分からないが、目が眩んで倒れそうになった。コイツに下手に近付くのは危険だ」
くそ、前の幻術男のような幻影では無いのか。心臓まであと一歩なのに。銃でダメージを与えられるか。いや、銃なら横に回って男を射線上から外して心臓を撃てないか。だが、銃声が聞こえればケルベロスが帰って来るかもしれない。
ケルベロスは今、どこにいる?俺は目の前の男に注意を払いながらも、探知スキルでケルベロスの位置を探る。げっ、こっちに向かって来ている。ヤスミーンとミーナもこっちに向かっているが速度が違い過ぎる。もうバレてるなら、もう銃声も遠慮する必要は無いか。
「ヴァル、犬が来る、ペルレで杖を叩く」
「承知」
ケルベロスの接近をヴァルに知らせ、ペルレ=王都の東=右に回る、杖を叩く=銃を撃つ、と暗号で指示を出す。ヴァルの返事に俺がダークエルフの右に回り込もうとすると、そいつはたったの一歩で俺と心臓の間に立つ。くそ、心臓まで射線が通らない。
ダークエルフが再び俺に掌を向けると、手の先に陽炎のような物が浮かび、俺へと広がろうとする。その時、陽炎にヴァルブルガが飛び込み、崩れ落ちた。俺はヴァルを心配するよりも先に、構えた銃の引き金を引いた。
バン、ダン
銃弾はダークエルフの腹を貫通し、後方の岩壁に当たった音がする。そしてやはり。
「私の身体は月の様に遠く、ずっと遠く妖精界にある。剣でも槍でも弓でも、お前の奇妙な武器でも私には決して届かない」
ダークエルフにはまるでダメージが無いようだった。だが、ダメージを受けた物はあったようだ。ダークエルフが後ろを向く。
ぐぶちゅ
ミスリルの弾丸で打ち抜いた、獅子王の心臓に空いた穴から血が吹き出していた。俺は前に立つダークエルフを無視して探知スキルで心臓を狙っていた。弾丸を打ち込んだ心臓は次第に鼓動が遅くなっていく。おそらく、もう少しで止まるのだろう。
「ちっ、心臓を狙っていたか。物足りないが、これ以上はここにいても仕方が無い」
ダークエルフは冷めた顔をしてそう言った後、徐々に空気に溶け込むように消えていった。これはエルフの村に現れた巨大なバクが消えていく時と同じだ。王都の獅子王がこれで死んだのかは分からないが、これで目的は達したハズだ。
ケルベロスがあと少しでここに来てしまう。俺は意識を失ったヴァルに肩を貸して立ち上がらせると、引き摺るようにして引っ張り、広間の裏の隠し通路へと向かう。俺がそこに辿り着きヴァルを穴へ押し込んだ時、ケルベロスに追い付かれた。
「げはっ」
俺も穴へ飛び込もうとしたが、ケルベロスの顎が俺のすぐ後ろで閉じた。ギリギリ体は逃れられたが、シャツを噛まれてそのまま後ろへ引き摺り出される。投げ出された俺は心臓のすぐ横へと落ちて横向きに倒れた。
くそ、間に合わなかったか。俺はケルベロスに背を向けた時から、探知スキルを使って周囲の3D情報を見て逃げ場を探した。俺は岩の斜面にいたが、ヴァルのいる穴は岩の反対側だ。俺はケルベロスを見てはいないが、三つの首が俺の方を向き前足が俺の真上から振り下ろされるのを知る。
逃げなければ、こっちだ。俺は岩の上を転がり落ちてその下の隙間へと嵌り込む。振り下ろされたケルベロスの前足は大きすぎて俺の岩の隙間には入らないかった。隙間から出ている俺の左の足首に向けて、ケルベロスの頭の一つが噛みついて来るが、身体をずらしてそれを逃れる。
損切り。投資が損失を抱えている状態で資金を引き上がること。損失が確定するが、それ以上の損失を防ぐ事ができる。俺の逃げ込んだ隙間は俺の体よりもちょっぴり狭い。俺は足と頭を交互に引き込み、もう一方を出してケルベロスの牙や爪を逃れている。
探知スキルで攻撃タイミングを読み、既に3回目か、4回目か成功させている。だが、いつか失敗して隙間の外へと引っ張り出されるだろう。はあ、はあ、生き残るために損切りが必要だろう。覚悟を決めろよ、俺。くそ怖ぇ~。
バチン
「ぎぃいぃいやぁぁぁ~っ」
絶叫を上げる俺。ケルベロスの前足の一振りで、まるで巨大なペンチで木の棒でも断ち切ったような音がして、俺の左足の足首から先が飛んでいった。痛てぃ、痛てぃよぉ。痛すぎて涙が止まらない。鼻水も出て来る。だがこれで、俺の体は岩の隙間に完璧に嵌り込めたぞ。




