俺に任せて先に行け
ペルレ大迷宮の中で、地上のペルレ市への出入り口に近い比較的危険度の低い領域を一層、より遠くより危険度は増すが有益な物資が入手出来るようになる領域を二層、非常に危険であり人類の到達記録のある最深部を三層と呼んでいる。
その中で俺が探知スキルで獅子王パンセラウィレオの心臓を検知した場所は三層の十九区だった。十九区までは誰一人欠ける事なく辿り着けたが、その先のスフィンクスでオグウェノが、さらにフンババでクルトとニクラスが足止めの為に残り、彼らをおいてきてしまった。
今いるメンバーはヴァルブルガ、ヤスミーン、ミーナだけである。おや、これは初ハーレムパーティーか。俺の探知スキルは心臓の近くに四つの敵の存在を知らせていたが、うち二つは既に通り過ぎており、一つは現在感知できなくなっている。
そして最後の一つは心臓のすぐ近くから動かない。俺は心臓まで三百メートルまで近付いた時、一度休憩を入れて心臓の周囲を探知スキルで念入りに調べた。迷宮に入ってすぐならともかく、ここまで近付けばもっと詳細な情報が得られる。
そこは幅15メートル~30メートルくらい、バスケットボールのコートぐらいか、の袋小路で、奥に周囲より1メートルくらい高くなった岩がある。獅子王の心臓と思われる物はその岩の上にあった。獅子王の体長が十メートルとはいえ、その心臓はせいぜい60~70センチくらいだろうか。
本体から切り離されているにも関わらず、ドクンドクンと脈動してるのが不気味である。これなら近付きさえできれば破壊するのも可能だろう。だが、その前にスフィンクス、フンババに匹敵する化け物がいた。体長は六メートル前後、体高も二メートルを超える巨大な黒い犬で、頭が三つある。
いわゆるケルベロスという奴だろう。それはそれで脅威だが、他に魔物などはいないように見える。それよりも俺が注目したのは、袋小路に見えるその広間に実は別の道が通じていた事だ。それは心臓の置かれた岩の陰にあって、四つん這いにならないと通れない穴が出口になっている。
その途中も、屈んだり登ったり狭い割れ目を通ったりとなかなか分かりづらいルートだ。ただ、心臓とケルベロス、そして俺の見つけた裏口の距離が近いので、そっちから出てもコッソリ心臓に近付くのは難しいだろう。
「それではレン様とヴァルでそのルートを通り、心臓を破壊して下さい。私とミーナでケルベロスを挑発して心臓から引き離します」
「う~ん、しようがないか。やってあげるニャン」
俺が状況を説明し、しばらく相談しているとヤスミーンとミーナがそう言った。しかしそれでは二人が危険なので他の方法を検討しようとしたが、ミーナの実力は分からないが、確かに残り三人であのクラスの魔物を倒すのは厳しい。
可能性の話でいえば、誰かが引き付けているうちに他の者が心臓を破壊するのが成功率が高いだろう。そしてケルベロスを引き付けて、逃げ回るとしたら脚力に優れるヤスミーンや身のこなしが軽いミーナが適任だろう。俺やヴァルではあっさり捕まってしまうだろう。
俺はともかくヴァルは足が遅いワケじゃないが、あの二人と比べるとどうしても劣ってしまう。そして向こうの二人の方が胸の爆発力もある。いや、ヴァルが劣っているわけじゃないよ。普通にあるし、日本人の平均よりは大きいと思うよ。でもあの二人と比べるとね。
「ヤスミーン、ミーナ、危険な役だが頼む。そして必ず生き残ってくれ」
「もちろんよ」「こんなところで死ぬ気はないニャン」
「ヴァル、行くか」
「はい、必ずお守りします」
そう言って俺達は分かれ、それぞれの道を進んだ。こっちの裏道は俺を先頭に、登ったり降りたり潜ったりとまるでアスレチックの様な道を進む事になった。俺は進む間も時々感知スキルで周囲の様子、ヤスミーン達やケルベロスの位置を確認していった。
俺達が裏道を通り抜ける時間を十分確保できるように、ヤスミーン達は俺達から三十分遅れてケルベロスに近付くハズだった。しかし、俺達が心臓の広間の裏に回るよりも早く、ケルベロスが二人に向かって走り出した。
ヤバイ、と思ってもそれをヤスミーン達に知らせる手段が無い。俺達は今まで以上に急いで出口を目指した。そして俺達が出口に到着した時には、探知スキルでケルベロスがヤスミーン達を追い回しているのが分かった。
出口の前でヴァルブルガが剣と盾を構える。その剣は俺が妖精の都から持ち帰ったミスリル剣のうちの一振りであり、刀身がおよそ七十センチと短いことから屈強な男達に持たせる事なく彼女に回って来た。俺はマスケット銃を抜いて両手で構える。
一応護衛なのでヴァルブルガが先に広間に入り、俺は銃口を下に向け、狭い出口を通り抜ける為に屈んで広間に入る。しかし想定より近くでヴァルが足を止めていたので、俺は下げた頭がヴァルの尻に当たる。おっと、何だ。俺は訝しんで頭を上げる。すると心臓の前には一人の男が立っていた。
「たまたまここに来た、というわけでは無いのだろう」
男がそう言った。ランプの明かりに照らされたその姿は、妖精の都のハイエルフ、スヴェンエーリクによく似ていた。そうは言っても非常に整った、AIで作った美青年のようなエルフ達の顔はみんな親兄弟のようによく似ているから、本人ではないのだろう。そしてその肌は異常に青白いように見えた。




