闇に潜む獣達
凄く意地悪そうな顔をしてスフィンクスはそう言った。そしてさらに言葉を続ける。
「そうだな、私の謎に答えてみよ。答える事が出来れば見逃してやろう。
自分達の命が掛かっているのだ、心して答えよ。
では、行くぞ。
尾はあるのに、姿の見えぬ者とは何や」
ん、何だ。何かの例えか。それともそんな魔物が本当にいるのか。尻尾、尻尾、姿が見えない、なんだ。そ、そうだ。これは聞いておかねば。
「か、確認したい。一人、一つの答えを言えるのか」
「ふむ、そうだな。よし、誤った者は食い殺し、謎を解いた者のみ生かしてやろう」
「いや、ちょ」
ちょっと待ってくれ、それだと一人しか生き残れないのでは。俺がそう言おうとした時だった。
「それは風だ」
ヴァルブルガが躊躇なく答えた。おい、いきなり。間違ってたらどうすんだ。というか何で風なんだよ。
「そうか」「なるほど」「ふむ」
え、みんなそれで納得してるの。
「ちょっと、何で風なんだ」
「レン様、風は姿が見えず、尾があると言われているじゃないですか」
俺の問いにニクラスがアッサリ答える。え、風って尻尾があるの。マジで。みんなそれで納得なの。文化が違う?俺がそっとスフィンクスの顔を見ると、彼女は苦虫を百匹くらい噛み潰した様な顔をしていた。え、正解っすか。
だが、スフィンクスの様子がおかしい。その顔が醜く歪み、そしてその目は精神不安定を通り越してイッちゃった目をしだした。そういえばギリシャ神話のスフィンクスはなぞなぞを答えられると、悔しがって崖から飛び降り自殺をしたとか。そのパターンは大歓迎なのですが。
「何でよ、何で答えるのよ、何で、何で、何で。そんなのダメ、許せない、あってはならないわ。そう、この世にいちゃいけないのよ。そう、この世にいちゃいけない。早く殺さなきゃ、早く、早く、早く」
あ、これダメな奴だ。そう思った時、スフィンクスは翼を広げて浮かび上がると、俺達を踏みつけるように上から襲いかかって来た。し、死ぬーっ。俺が諦めかけた時だった。
ドガ 「ギィィヤァッッーッ」
気付くと黒い肌の異国人オグウェノが、その長身と長い腕を生かして総鉄製の大槍を振るい、スフィンクスの横っ腹をぶっ叩いてその巨体を横倒しにしていた。スフィンクスが悲鳴を上げる
「獅子は俺に任せて、先にイケ」
いや、お前、テンプレ言ってる場合じゃないぞ。全員で倒さなきゃ。
「レン様、早く行きましょう。オグウェノの心意気を無駄にしてはいけません。我々には時間が無いのです」
俺が止めようとすると、ニクラスが俺の腕を掴んで進もうとする。ヴァルやヤスミーンも頷く。全員、声も出さずに両目から涙を流している。
「ちょっ、オグウェノぉ、死ぬなよ」
「フッ、倒してしまってもヨイノダロ」
俺が間抜けな声を上げると、オグウェノがさらにテンプレを上塗りしてきた。俺もつい周りの雰囲気に乗せられて、その場を足早に進んでしまった。
そしてさらに進んだ俺達は、再び大洞窟に辿り着く。ここは先ほどとは違い、無数の石柱が立ち並び、床と天井を結んでいる。ここの近くにも何か危険な奴がいるが、結構離れているので通り抜けられそうである。
そう思っていたが、俺達が音を立てずに石柱に隠れながら進んでいた時、その何かが急激にこちらに近付いて来た。俺が立ち止まると、ペチン、ペチンと岩肌を叩くような音が近付いて来る。その音に他の者も足を止め、音のするほうに目を向けた。
「レン様」
「何か来る、気を」
気を付けろ、俺がそう言おうとした時、それは急加速して目の前に跳んで来た。
バン 「ブォ」
跳んで来た勢いそのままに、その巨体から振るわれた太い腕に、身長二メートルを超えるクルトの巨体が吹き飛ばされた。あれはゴリラ?四つん這いの状態でも体高は三メートル以上、立ち上がれば四メートルか五メートルにも達するかもしれない。
その身体は黒い剛毛で覆われ、大きな口からは乱杭歯が唇から飛び出している。その目は皿の様に大きく、真っ赤な色をしていた。その目が吹き飛んでいったクルトをしばし眺めた後、こちらへとゆっくりと向く。
「あれはフンババ族よ。馬鹿だけど、握力が強くて私達の胴なんか簡単に引き千切るの。捕まったら終わりよ」
ミーナの解説に、よりアイツのヤバさが俺の頭に沁み込み、背筋がゾッとする。そしてミーナの語尾のにゃんは終了か。
「く、クルト」
「クルト、起きろ。コイツを止めろ」
「フゴォォ」
俺が慌ててクルトに呼び掛けようとすると、それよりも落ち着いたハッキリ聞こえる太く低い声でニクラスがクルトに命令を出す。クルトもその声に起き上がってフンババにタックルを掛ける。さすがに吹き飛ばしはしないが、その巨体を揺らした。俺が展開の速さに目を回しそうになっていると。
「レン様、ここは私とクルトに任せて先に行って下さい。王都にいる私の家族をお願いします」
「レン様、行くわよ」「レン、行くニャン」「レン様、行きましょう」
俺は左右をヤスミーンとミーナにガッシリと掴まれ、後ろをヴァルに守られながら、両目から滂沱の涙を流してそのまま奥へと進むのだった。




