心臓はどこにあるのか
獅子王パンセラウィレオの心臓がペルレ大迷宮にある、というのは俺の推測というか、願望に過ぎない。魔族達の陣地のどこかに隠されているのかもしれないし、もっと単純に心臓が呪術で隠されているという情報が間違っている可能性だってある。
それでも体長10メートルの無敵の獅子王を王都、城壁前まで近付かせて兵の二割を削り取られてしまっている。であれば、碌に兵の指揮も出来ない俺が万一の可能性に賭けて心臓を大迷宮に探しに行ってもいいだろう。これは王や国の為じゃなく、自分の部下や知り合い、財産や生活を守るためだ。
俺はゴルドベルガー伯爵家の幹部会に了解を取った後、自分の個人的な戦力の半分を連れてペルレを目指す事にした。連れて行くのはヴァルブルガ、クルト、ニクラス、ヤスミーン、オグウェノとし、ヴァルの父兄アンスガーとエーデリッヒは戦力としてバルナバスさんに任せる事にした。
「ルーガよ、その身を賭してレン卿をお守りするのだぞ」
「ルーガ、我ら一族の受けたご恩、今こそ返す時だ」
「はい、父上、兄上。立派にお役目を果たしてみせます」
「アンスガー、エーデリッヒ、お前達にはより苦しい戦場を任せることになる。
だが死力を尽くし、・・・なるべくなら生き残ってくれ。ヴァルも今しばらく別れを惜しんでおけ」
「「「ありがとうございます」」」
アンスガー、エーデリッヒとヴァルの別れは熱い。そこは娘や妹を俺によろしく頼む場面ではないだろうか。いや、守るのはヴァルで守られるのは俺だからいいのか。俺はその横で、クルトに子豚を丸ごと塩漬けにしたハムを渡した。
「なあ、クルト。お前とは長い付き合いだが、これが最後かもしれんない。よろしく頼むよ」
「フゴォ、ゴォッ、ゴォッ」
ちょっとしみじみとして話したが、クルトはそんな空気は気にせずモリモリ食っている。まあ、コイツはこれがらしいか。いや、変なフラグにならなくていいくらいか。
「レン卿、クルトの事は私にお任せを」
「レン様、私は最後まであなたと一緒にいくわ」
「ニクラス、ヤスミーン、よろしく頼むよ」
ニクラスは頼りになるし、ヤスミーンは愛情深い。俺もいい仲間が出来たもんだ。オグウェノにも声を掛けたが、寡黙なあいつは頷くだけだった。そうしてゴルドベルガー伯爵軍の陣地を出て馬に乗ろうとしていると、近くの木に背を預けた女の笑い声が聞こえた。
「フフフッ、レン。ダークエルフの隠したパンセラウィレオの心臓を探しに行くのかにゃん」
そこにはミーナが両腕を組み、すくっと立っていた。そして頭の上の猫耳がピコピコ動かし、楽しそうに目を大きく開いて俺を見ている。か、可愛いじゃねぇか。
「お前、にゃんとか言ったこと無かったじゃん」
「レンみたいなムッツリスケベは、そう言うと喜ぶって最近聞いたにゃん」
ぐふぉ、正解です。じゃなくて。何でいるかと聞くと、他の魔族達やダークエルフを見た事のある者がいた方が良かろうという事だった。俺はそれを聞いてい、俺の方から同行を頼んだ。ミーナはニコリ、いやニヤリか、とにかく笑って一緒に来てくれる事になった。
ペルレまでは馬車で3日の距離だ。荷車のない馬だけならもっと早く着きそうだが、もともと魔族達はペルレの方向、東から来ているので、俺達の進行方向には獅子王に続く魔族達がいる。それでも俺の探知スキルを使い、街道だけを行くのではなく、森に入ったりしてその包囲網をすり抜けていった。
そうして王都を出て3日、もうすぐペルレが見えてくというところで何か大きな物、体長4メートル近い、が近付いて来るのを探知スキルが発見する。俺達は森に入り巻こうとしたが、それは俺達に向けて真っ直ぐ近付いて来た。
「何か来る。逃げるのは不可能だ。全員散開して森に隠れろ。包囲して倒す」
俺の号令にそれぞれ森の木陰や岩陰に隠れる。メキメキメキ。木々や藪を踏み折ってやって来たのは、熊の体にフクロウの頭を持つ四足歩行の獣だった。
「フォーゥ、フォーゥ」
獣が吠える。この状況では俺に指示とかは出せない。それぞれが自分の判断で奇襲を掛けるだけだ。そして一番に跳び出したのはオグウェノだった。それにクルトとニクラスが飛び出し周囲から傷をつけていく。それでも獣はやたらに暴れるので誰かが怪我しないかビビっていると。
ガシュ 「ギャァ~ッ」 「グヒヒヒヒッ。凄い奴がやって来た」
俺達以外の一撃が獣を襲い、その背が斧でカチ割られ、とぼけた事を言いながら、ニヤニヤ笑いを浮かべた二メートルを越える巨漢が現れた。ペルレでバックハウス男爵軍に混じって出兵したきり、行方が分からなかったジルヴェスターだ。
「ジルヴェスター、無事だったのか。よかった」
「そりゃあないぜ、大将。俺の出兵も見送ってくれね~んだもんよぉ」
「よくぞ生き残ってくれた。一人か」
「いや、ちょっと、子供を拾ってよ。なんかコースフェルト伯爵の息子だってよ」
そういう彼の後ろを見ると、その巨漢の陰に十歳くらいの少年がいた。




