ダークエルフの呪術
狐耳の魔族美女ヴァルアーダペスとその仲間達は、獅子王パンセラウィレオの巨大化の秘密を探る為、他の魔族達の元に潜入していたという。しかし、獅子王の勢力に接触したところで人間側に降りた事を知られ、彼女以外は殺され、彼女自身も満身創痍で何とかここまで戻って来れたと言う。
そして彼女達が調べたところによると、獅子王の変異はダークエルフの呪術をいくつも受けた結果だと言う。魔族側はこれまで人間に毒を齎す黒い金属オブシディアンの武器を始め、命を対価に死者を操る秘術などを人間との戦争用にダークエルフから提供されていたという。
地球で黒曜石と言えばガラスのような鉱石だが、このオブシディアンは明らかに金属なのできっと別物なのだろう。まあ、それはいいとして。獅子王は最近まで、ダークエルフから提案されていた呪術を受けるつもりはなかったそうだ。
しかしあと少しで王都を陥落できると考えていたところで、魔族に致命的なミスリルの武器、それを持ったゴルドベルガー伯爵軍が現れ、形勢が逆転した事でこれに対抗する為にダークエルフの呪術を受ける事を決断したと言う。
ダークエルフの呪術は体を巨大化させる事で、相対的にミスリルの武器のダメージを抑え、さらに心臓を体外に取り去る事で、ミスリルの発する魔族に対する致命の波動を遮断できるという。その不死性を破るには、どこかに隠された心臓にダメージを与えるしか無いらしい。
ちなみに呪術を用いているとはいえ、心臓を体外に摘出すると残りの寿命が一年以下になるらしい。獅子王は魔族の国アヌビシアで居場所のない弱い魔族達の為に土地を得ようとしていたらしいが、そこまでカウマンス王国の征服に執着する理由は不明だという。
獅子王が何を焦っているのか分からないが、何にせよ獅子王が王国の脅威になっている事には変わりがない。それにしても、何だかエルフとダークエルフが人間と魔族を戦い合わせる為にそれぞれに特効の武器を、というのは考え過ぎか。
ヴァルアーダペスも獅子王の心臓の隠し場所は調べられなかったと言う。そして幹部会でそういう話はしたものの、当然それが全面的に信じられるわけではない。むしろ俺だってダークエルフの呪術なんて言われても、そのまま信じられるかと言うと微妙だ。
さらにすでに獅子王は王都城壁間近であり、ゴルドベルガー伯爵軍であれ、他の軍隊であれ、心臓探しに人員を割く余裕はない。とはいえ、それだけの軍隊を配備しても獅子王相手に打つ手はないし、だからと言って兵を引くわけにもいかない。
「来たぞぉ~、獅子王だぁ~」
幹部会で狐耳美女魔族の話を聞き終わった頃、外が騒めきそんな声が聞こえて来た。それを聞いて全員が席を立って外へ出た。そして俺達は城壁に近付く獅子王を見た。まだ五百メートルは先にいて、獅子王と城壁の間には王都や三伯の軍が陣取っているが、まさにこれが最後の防壁となるだろう。
俺はゴルドベルガー伯爵軍の偵察隊に混じって、もっと近付く事にした。王国はハッキリ言って手詰まりなので、何か俺の探知スキルで情報を掴めないかと思ったからだ。探知スキルに感じられる獅子王のエネルギー量は人の千倍はあった。一般兵のHPが10なら獅子王のHPは10000だ。
そしてそのエネルギーは半分が魔族達と同じ属性、残り半分が不死者と同じに思える。さらに俺の探知スキルには、その膨大なエネルギーが胸の部分だけポッカリと空いている様に見えた。心臓が無いというのは本当かもしれない。
だったら、俺の探知スキルで探すしかないか。俺は探知スキルで獅子王と同じ質のエネルギーを探した。半径百メートル、無い。半径三百メートル、無い。半径一キロメートルでも無し。くそ、近くには無いのか。これ以上広げるなら俺は気を失うかもしれない。
俺は幹部会に、一日気を失うリスクを冒しても能力を使いたいと願い出て了承された。まあ、全軍で相手をする獅子王は目の前で探す必要はないし、俺に大軍を指揮する能力はないから俺がいなくても支障はないともいえる。
ちょっと凹むが、これで気兼ねなく全力でいける。よし、やるぞ。半径三キロ、無し。半径十キロでも、見つからない。キツイぞ。だが、俺に出来るのは探す事だけ。この国が魔族に滅ぼされれば、俺もまともに生きては行けないだろう。やるしかない。
半径五十キロ、無いぞ。頭が痛い、吐きそうだ。半径二百キロ、無い。もう少し、あと少しだけもってくれ、俺の意識。半径五百キロメートル、ほぼカウマンス王国の全域を探しても無いぞ。まさかこの国に無いのか。
「レン卿!」
ヴァルブルガの声が聞こえた気がしたが、そこで俺の意識は途切れた。
翌日、俺が目を覚ました時、王都と三伯の軍は獅子王の王都侵入を防いでいたが、その軍勢の二割を失っていた。だいぶ追い込まれているな。しかし、心臓はどこだ。何らかの隠蔽能力や魔法で隠しているのかもしれない。ダークエルフもいるのだから、その可能性も高いか。
だが、それだと探しようがない。あるいは妖精の都の様に俺の探知スキルが届かないどこかか。待てよ、俺の探知スキルが届かない場所が王都の近くにもあったぞ。その中には俺の探知スキルが届かない場所が。それも魔族達が進撃して来た東に。探せる可能性があるのはそこだけか。
そこにある事に賭けるしかない。そこなら中に入ってしまえば、俺の探知スキルでも探す事が出来る。俺の良く知る、何度も行ったことのある、カウマンス王国の中にある異界。無数の危険が潜み、神秘と財宝の宝庫。
そう、ペルレ大迷宮だ。




