包囲しようと思ったら包囲されました
オカシイ。正面奥に五百体前後の魔族がいる。それは俺の探知スキルでも確かにそこにいるのが分かる。しかし左右の丘の裏からさらにぞれぞれ同規模の魔族が出て来た。それは俺にも見えている。だが、俺の探知スキルには左右の魔族達の反応が感じ取れない。目をこすって見返しても、やっぱりいる。でも反応はない。
隠蔽系の能力を持っていれば、俺の探知スキルに引っ掛からない場合もある。だが、あの数の魔族全員が持っているのか?それとも多人数を隠す能力を持っている奴がいるのか?いや目で見えているのに、俺の探知スキルから隠す必要があるのか?
動きを読まれないためか?単に能力を解除していないだけか?それともある物を隠しているのではなく、ひょっとして、実は、もしかして、無い物をあるように見せかけているだけなのか?千体近い魔族を隠す能力や魔法じゃなく、千体近い魔族を見せる幻影なんじゃないのか。
「バルナバス様、未だに私の勘は左右には一体も魔族はいないと言っています。目で見えているのに、です。アレが幻術かどうか見分ける方法はないでしょうか」
現状、カウマンス王国で最強と思われるゴルドベルガー伯爵軍の兵達も、突然現れた、いるハズの無い敵に動揺を見せる。だが、周囲が動揺する中、バルナバスさんは目の前の敵を見ながら俺の話を聞き、しばし考えてから方針を決めた様だ。
「敵、右勢力に銃撃を掛ける。左の緑洗熊隊は進軍を停止して左勢力の前進に備えよ。右の紅狐隊は正面に移動して敵正面に備え、右の射線を開けよ」
俺の問いは無視される形になったが、現在重要なのが味方の配置を変える事なのは分かる。俺もああは言ったが、自信があるわけじゃない。俺が手に汗握って見守る中、陣形がLを左右逆にした様な形となって、右の丘の魔族達に向けて百丁近い火縄銃が火を噴いた。
ババン、ババババババン
しかし、右の敵勢力は倒れる者はおろか、一切変化がない。それを見たバルナバスさんが、さらに指示を出した。
「陣形を双腕陣に戻し、左右敵勢力に五十騎ずつの騎兵で側面を削って戻って来い」
双腕陣とは最初のV字の陣の事だが、伝承にある二本の長い腕を持つ巨人が元ネタらしい。何でもその巨人の恐ろしいところは、長い二本の腕で敵を捕まえると口に引き寄せてバリバリと喰うらしい。左右の魔族で敵を中央に引き寄せ、火縄銃で噛み付くところは双腕の巨人と言えるか。
敵は正面がやや下がって停止すると、左右が近寄っては引き、また近寄っては引きを続けている。こちらをビビらせて陣形を崩そうとしているのか。
「バルナバス様、騎兵が戻って参りました。左右の敵は幻だとの事です」
左右の勢力に突っ込んだ騎兵が戻って来ると、俺達のいる本陣に伝令がやって来る。そう報告すると、バルナバスさんがやっと俺に目を向けた。
「レン卿、実体のある敵は正面だけなのだな」
「はい。私の勘はそう言っています」
「よし、いつも通りいくぞ」
敵の左右が幻影だと分かってからは、それらを無視していつもどおり正面の敵を半包囲して削っていく。しばらくして姿は見えないが、俺の探知スキルに五十体前後の魔族が、戦場を回り込んで本陣を後ろから襲おうとしているのが分かる。
俺はそれがいるであろう場所を凝視するが、やっぱり見えない。俺がそれをバルナバスさんに報告すると、一時正面を投降魔族達に任せて、背後に向けて人間の隊を逆向きに配置し直したようだ。
「レン卿、敵の位置が分かるか」
「はい。この方向二百メートルです」
「火縄銃隊は射撃準備、銃兵隊長はレン卿の指し示す場所に注意」
どうやらバルナバスさんは、見えない敵を銃で狙い撃つつもりのようだ。
「百メートル、八十メートル、六十メートル」
「銃隊構え、撃てぇーっ」
ババン、ババババババン
幻影の右勢力には無効だったが、今度はバタバタと倒れる魔族が姿を現す。だが倒れない者が五。羊のような巻き角を持つ魔族が二体、山羊系なのか湾曲した二本角、真っ直ぐな二本角を持つ魔族がそれぞれ一体、そして黒髪の男が一人。
黒髪の男が一歩前に出ると奇妙なポーズを取りながら話し始めた。きっと本人的にはカッコいいポーズなのだろう。このまま討伐してもいいのだろうが、バルナバスさんも取り合えず話を聞く気のようだ。念の為、探知スキルでも見張っておこう。
「俺の名はバイケーン。
俺の鎖鎌は狂暴です、バイケーーーン!」
沈黙。誰も何も言わない。滑りまくっている。
「ごめんなさい、こんなマキマキの角でごめんなさい」
周囲の人間にビビっているっぽい羊魔族と思われるオドオドした少女が突然謝り出す。混沌とした雰囲気が広がった。
「心配するなアニエス、お前は俺が守る!
はぁーっ、ケモミミの虐待は俺が許さん!
悪逆国家は超英雄のこのバイケーーーンがやっつけてやるぜ」
そう言って黒髪の男は背中から鎖鎌を取り出し、鎖を回転させ始めた。
「もういいだろう」
バルナバスさんがそう言ったので、俺は懐からマスケット銃、大航海時代の映画で海賊が持っているような奴を抜く。
「バルナバスさん、そっちです。
狙い撃つぜ」
俺は探知スキルで魔族達の位置だけでなく、一センチ精度で姿・姿勢も看破。そちらへ銃を向けると探知スキルで射線の通るタイミングを計って発砲した。
バン。
姿を見せた位置から十メートル横に離れた位置で、バイケーンを名乗る男の姿が現れ倒れる。その場には他の4体の魔族達も現れ、同時に先程の位置からそいつらの姿が消える。左右の丘の魔族達もだ。
「ごめんなさい、降参します。痛いのはイヤ。ごめんなさい」
先程の羊少女が泣き声を上げた。




