武器の対価
「ここと人の世界の時の流れは違う。望むなら人の世界の七日後に帰してやろう」
ええっ、ここって森の奥とかじゃなくて異世界だったの!? いや、確かに探知スキルでも都の外はぷっつりと感覚の範囲が消えてしまって、エルフの村まで辿れない。迷いの森の迷路のような魔法的な結界があるわけじゃなく、そもそも世界を越える壁があるから探知スキルが及ばないのか。
まあ、ミスリルの武器を作ってくれなければ俺の仕事は終わらないし、武器がなければ人間が必ず負けると決まったわけじゃないが、それでもこの世界に来て1年半の間にできた繋がりや財産、仕事を無くす可能性は少しでも減らしたい。
七年と言えば日本なら高校入学して大学を卒業するまでか。まあ、浪人や落第をしないとしてだが、やっぱり長い。長すぎる。でも七年の間、妖精の都に住むというのもいい経験か。きっとこのスヴェンエーリクのところにいれば危険はないだろうし。いや妖精の都自体が人間にとっては危険か? ええい、ままよ。
「分かりました。七年の間、貴方に仕えます。よろしくお願いします」
それからヴァルブルガやヤスミーンに事情を話し、武器の材料であるミスリルと鋼の一部は持って来ているが、残りの鋼をビリエル達と相談してザックス男爵の村の駐屯地から持って来るように頼む。それから二人を都の外へと見送り、スヴェンエーリクのところで働くことにした。
「それではアンブロシウスの丘に行き、ダーグ・ドーグ・ダンを取って来てくれ」
スヴェンエーリクに言われた最初のお使いクエスト。まず一行目で全然分からない。俺がそう言うと、言葉の意味を説明することなく無く後ろを指し示す。振り返るとそこにはアンブリットがいた。いつからいたのか気付かなかった。
それにアレはアンブリットか。あの巻き毛、胸の形、太腿、姿形は完全にアンブリットだ。だが、立ってはいるが半分眠っているのか感情の抜け落ちた表情。いつものギャル語や騒がしいおしゃべりもなく、生気を感じさせない。
「こっちよ」
俺は彼女の後について行ったのだと思うが、いつ塔を出たのか、都を出たのか、どこを通ったのか、光と影、香しい香りと妙なる調べ、霧と舞い散る木の葉。俺はいつの間にか荒野を行く道の、三つの道の分岐点に来ていた。
アンブリットに似た誰かは、塔で出会った時と同じように半分眠ったような、酔ったような、どこを見ているのか分からない表情で、一番左の道を指し示してこう言った。
「この道は狭く、険しく、数々の困難が待ち受けているが、真実と正義の報酬を得ることができる」
次に右の道を指し示しこう言った。
「この道は広く、平坦で歩きやすいが、誘惑と裏切りの末に破滅が待っている」
最後に彼女は、真ん中の道を指し示してこう言った。
「この道は普通に見えるが、物質的な幸福と快楽が得られる一方で、精神的な成長や真実の追求には至らない」
そう言ったきり黙り込む彼女。えっ、ここどこなの。アンブロシウスの丘ってどっち。いくら問いかけても黙して語らない彼女。反応がない。これはおっぱいを摘んでも怒られないのではないだろうか。でもここってどんな法則で成り立っている世界か分からないんだよな。
下手な事すると即死とかないだろうか。無いかもしれないけど、たぶん無いけど試すのも怖い。ふう、仕方が無いか。俺は探知スキルを使って道の先を探った。
妖精の都に来て七年が経った。俺はスヴェンエーリクからもらった木箱、ミスリル合金で出来た槍の穂先が沢山入っている、を担いだ。クレヴィングの塔の下にはヴァルブルガとヤスミーン、エルフの隊長ビリエルとのっぽのエルフのアスビョルンが来ていた。
俺は彼らの手を借りて、5つの木箱をエルフの村まで運んだ。それぞれにミスリル合金の槍の穂先や剣の刀身、斧の刃などスヴェンエーリクによって作られた品が収められている。俺は七年の奉仕の引き換えに、ミスリルの武器を手に入れる事が出来た。
俺にとっては七年ぶりだが、ヴァルに確認するとやはり彼女の認識では七日しか経っていないようだ。俺の体感では七年の時が流れていたが、俺の肉体は七年前のままだ。肉体と精神が時を飛び越えて結果だけ、この世には結果だけが残ったのか。
「レン卿、もうミスリルの武器を得られたのか。エルフはそれだけの武器を簡単に渡せるだけ持っているのか」
エルフの村まで運んだ武器を、エルフの力を借りて森の境界まで運んだ。そして森の境界までバルナバスさん達騎士団に来てもらった。そこで既に武器が揃っているのを見たバルナバスさんがそう言った。どうやらエルフが常に大量の武器を保有している、戦争の準備が出来ていると考えたのだろう。
「いいえ、七日前にはまだこの武器は無かった。しかし森の奥では、森の外で七日経つうちに七年が経つ事だってあるのです」
俺を凄い眼力で観察するバルナバスさん。ちょっとビビる。しかし、10分か3分か、それともまだ30秒かもしれないが、その静寂を破ってバルナバスさんが口を開いた。
「流石はレン卿だ。ミスリルの武器だけじゃなく、時間も買ったのか。どうやら偉業を達成したようだな。さあ、ゴルドベルガー伯爵領へ、クンツェンドルフへ戻るとしよう」
俺達はミスリルの武器を持ってクンツェンドルフへの帰還を急いだ。




