どうやって逃げよう
俺はすぐにペルレを引き払う事を決め、大迷宮から出て来た採掘員と警備の一部を王都へ向かわせる。そしてミスリル採掘クラン『銀蟻群』の作業場で選鉱済みのミスリルを馬車に詰め、こちらは俺も一緒に王都ではなく北のゴルドベルガー伯爵領を目指してペルレを出ようとした。
そこでペルレを出る直前に再度探知スキルを使用した。ペルレの東からは敗走するコースフェルト伯爵の軍、恐らく三百程度とそれを追う魔族千体近く。ペルレからはバラバラと王都へ向かう人々がいる。キチンと集団で移動する者達は既に逃げた後なので、今は最大でも十名程度の集団だ。
だが、そこに東から来た数十体の魔族がペルレを迂回して王都へ向かう人々に襲いかかる。この魔族達がもの凄く速い。まるで空の馬が走るような速度だ。そして追いつかれた人々が次々に殺されていっている。うおっ、この速度は徒歩はもちろん、馬でも振り切れそうにない。
あれ? これ俺も、もうペルレから出られなくない? 何なんだ、何なんだ、コイツ等は? 探知スキルがあれば逃げるだけなら余裕だろうと油断していた俺は、一気に背中に冷や水を浴びた様に恐怖した。その時、俺はその魔族達の事で頭が一杯になっていた気がする。
すると、俺の頭に一つのイメージが浮かぶ。数十体のガタイの大きな馬が走る。いや、その首があるべき場所には人の上半身が生えている。その者達のほとんどは一糸まとわぬ筋肉質な男の姿で、背に大弓を腰に矢筒を手には槍を持っている。その姿はケンタウロスだ。
イメージの中のケンタウロス達は、走りながら逃げる人々に矢を射かけたり、近付いて上から振り下ろす槍で人を突き刺し回っている。ペルレ周辺は荒地が多く、隠れながら逃げられる様な密な森林は無い。今、俺が動かせる戦力でコイツ等を突破出来そうもないし、他に協力を求めてるうちに魔族本体に辿り着かれそうだ。
「ご主人様、出発しないのですか」
ヴァルブルガが不安そうに俺の顔を見ている。逃げたいが、逃げ場がない。東は魔族の本隊。伯爵の軍もいるが、そもそも彼らが逃げ出しているんだ。西にはケンタウロスが回り込んでいる。ケンタウロスが来ない可能性に賭けて、北や南に逃げるか? それともペルレに立て籠もる?
ペルレに立て籠もるなら、伯爵の軍や冒険者達が街を防衛してくれるだろう。たぶん。ただし、伯爵が住民をどんな風に使うか分からない。俺の奴隷達は防衛用に取り上げられるだろうし、俺自身も強制徴兵されるか? 金を払えばどうにかなるだろうか。
王国がすぐに十分な兵を集めて救援に来てくれれば問題ないが、追い詰められた軍隊の仕切る街の中にいるというのも何をされるか分からないから怖い。そもそも、この街の城壁は魔族に有効なのか? ケンタウロスのように人と違う特性を持った、例えば壁登りが得意な奴にアッサリ侵入されたりしないか?
どこかに安全な隠れ場所は無いか? 物資もしっかり蓄えられて、魔族が近づけないようなどこか? そんな都合のいい場所があるわけが、…あった!
「ペルレは出ない」
「「えっ」」
俺の言葉にヴァルとヤスミーンが驚き、ニクラスも目を見開く。
「既に王都との間の街道に魔族が回り込んでいる。だからペルレを出ない。むしろ、もっとペルレの内側に入り込む。ペルレの中の中へ」
「それは、どういう」
俺は説明を求めるニクラスの言葉を止めて宣言した。
「ペルレ大迷宮に入り、ミスリル鉱床の前に立て籠もる」
マニンガー公国が魔族に襲われた時点で、ペルレが封鎖される事まで予想したわけではないが、地上にも地下にも物資をかなり貯め込んでいたハズだ。迷宮内は当然広く、万一魔族が地上のペルレ市を制圧してもミスリル鉱床まで逃げ込んだ者を捜索するとも辿り着くとも思えない。
俺はこの場にいるのは、ほとんどいつもの俺の周囲にいる面々だけだ。俺とヴァル、クルト、ニクラス、ヤスミーン、ヴァルの父アンスガー、兄ディーデリヒ、黒い肌のオグウェノ、魔術師ヨナタン。それと商会の下男や小間使いなどの一般人五人か。
今いる人員に戦闘も考えた上で無茶のない範囲で商会が地上に蓄えている物資を持たせて、迷宮に入る事にした。街の中心、迷宮の入口である『迷宮門』に行ってみると、警備もおらず扉も閉鎖されていたので、無理にこじ開けて入る。
迷宮に入ると俺の探知スキルもほとんど地上の様子が分からなくなる。集中すればいけるかもしれないが、とにかく移動が先だ。入口のほぼ直下、長径1.5キロの大空洞を通り抜けるのに二時間くらい掛かっただろうか。
だが、俺は迷宮に入り込んだ敵を探知した。十体ぐらいだろうか。グングンこちらに近付いて来る。今度は何なんだ。匂いでも嗅いで俺達を追っているのか。いくら何でもペルレの地上部を完全に制圧するには時間が短すぎる。
きっと少数で街中に入り込むような頭のオカシイ奴らがいて、その一部が迷宮に逃げ込んだ俺達に気付いて追って来たのか。アンスガー達なら対応できるかもしれないが、なるべく奥に逃げて追手を巻きたい。そう思っていた俺に地下河川が見えてきた。




