魔族の再侵攻
「ヘロイーゼ、ノルデン山脈からまた魔族が現れたという話は聞いたかい。それで念の為、君には王都屋敷に移動してもらおうと思うのだけど」
「コースフェルト伯爵様の鉄車輪騎士団がいるから心配ないと聞いていますが。それに今、商会のお仕事を覚えるのが面白くて。できるだけここに居たいのですが、ダメでしょうか」
「う~ん、魔族が退治されたらまた帰って来ればいいさ。それに今、王都屋敷には文官のカサンドラっていう優秀な女性がいるからね。彼女から屋敷の管理や領地の行政文章を勉強するのもいいと思うよ」
「あ、そうですね。レン様は商人様だけでなく、子爵様の旦那様になられたのですもの。将来側室になっても領地運営のお手伝いを出来るようになれば、子作り以外でもお役に立てますね」
「あ~、側室の件は置いといて、貴族としての勉強をしておくのもいい事だと思うよ」
ヘロイーゼは最近八歳になっただろうか。八歳少女に側室とか子作りとか言われると極めて居心地が悪いが、とにかく俺はこの機会に彼女を王都屋敷に移して母や兄と一緒に住まわせようと考えた。
また、コースフェルト伯からバックハウス男爵に兵士供出要請があるだろうが、要請から実行までは一週間以上は時間があるだろうから、王都まで一往復する時間はある。王国の動きを知るには彼女の母ザックス男爵夫人に聞くのが早いだろうから、俺も一緒に王都へ行こう。
俺はベルントやレオナに魔族やコースフェルト伯の動きの街の情報をよく集めておくよう頼むと、ヘロイーゼを連れて王都へ行く事にした。ペルレに来て二週間の間にニクラスやジルヴェスターも戻っていたので、今回はヴァルにヤスミーンとヴァルの父兄アンスガーとディーデリヒを連れて行く事にした。
「コースフェルト伯と魔族の戦況はあまり良くないようです。南のオーフェルベルグ伯とノイシュテッター伯はマニンガー公国側の防衛に備えている為、王家はゴルドベルガー女伯爵にコースフェルト伯爵の支援を依頼したようですが、内乱で忙しく対応できないとか」
やっべ。今、ペルレっててんやわんやじゃないか。俺が王都屋敷に着いてヘロイーゼと夫人を会わせようとしていたら、夫人からそんな事を教えられた。それにウチの上司はこんな国家の大事に内乱で動かねぇとか言っているのか。
夫人の話では、既にコースフェルト伯が傘下の貴族家に呼び掛けて魔族との戦線に逐次投入しているらしい。俺はペルレに置いて来たジルヴェスターに、バックハウス男爵の隊に同行する事になると言っているので、ひょっとしたらもう出発しているかもしれない。
夫人からはそれ以上の詳しい情報がなかったし、ペルレは今、ヤバイ事になっていそうなので、俺は急いで戻る事にし、翌日には王都を出発した。ペルレに戻る途中では王都へ向かう人々と多くすれ違い、中にはダーミッシュ商会のユリウスさんもいた。
ユリウスさんの話では、さすがにペルレにまで魔族の手は及んでいないが、コースフェルト伯爵の鉄車輪騎士団はジリジリと戦線を後退させているという。ペルレはコースフェルト伯爵領に囲まれているが、迷宮があるので王家直轄地になっている。
だがその防衛はコースフェルト伯爵任せになっていて、ほとんど専任の兵は置いていない。コースフェルト伯爵は魔族との戦線に兵のほとんどを送ってしまったので、事実上ペルレの防衛は有志に任されているらしい。
その有志というのは迷宮に利権を持つ商会の手勢と迷宮を探索する冒険者達だ。ユリウスさんはミスリルの採掘は続いているので、ペルレに戻ったら在庫をゴルドベルガー伯爵に送って欲しいと言っていた。増やしたミスリル採掘の護衛達は、そのまま残しているから良きに計らえとも言われた。
「レン様、商会の引き払いの準備は既に出来ています」
俺がペルレに戻ると街は殺気立ち、ベルントがトルクヴァル商会のペルレの拠点の引き払い準備を終えていた。またジルヴェスターは、コースフェルト伯爵の要請に従いバックハウス男爵の隊としてヤン達と一緒に出兵済みだった。
ペルレに着いた時点で俺は東方に向けて探知スキルで調査したが、およそ二十キロ圏内には明らかな危険反応はなかった。二十キロと言えば舗装路を車で進めば二十分の距離だが、未舗装路を普通の人間の徒歩で十時間は掛かる距離だから、そこまで慌てる必要は無いだろう。
俺はベルントに、レオナ達商会の者を率いて王都の子爵屋敷に向かわせるよう指示を出した。ベルントはまだ迷宮内にいる者が出て来てから避難しようとしていたが、それは俺が引き継ぐ事にした。魔族がここまで来るのが早ければ一部は見捨てる必要があるだろうが、その判断は俺の責任でやるべきだろう。
「なんと、コースフェルト伯爵が苦戦しているのですか」
翌日、バックハウス男爵の荘園を訪れるとまだ男爵達がいたので、コースフェルト伯爵の苦戦を伝え荘園の労働者達と一緒に王都まで逃げるよう勧めた。そうして迷宮内のミスリル採掘者達を待ってペルレに滞在していると、戦線から逃げてきた者達から伯爵の後退が知らされた。
彼らの話では、犬人が中心なのは前回と同じだがその数が倍近くになっており、さらに黒い毒の武器を持つ者が多く損害が激しいらしい。コースフェルト伯爵の備えは前回の倍以上なのだが、それでもジリジリと後退を余儀なくされているらしい。
そしてペルレに着いて三日目の朝、探知スキルで探るとおよそ十キロ東を伯爵軍がペルレに向け敗走し、魔族達が追って来ているのが分かった。




