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獅子奮迅

 エンデルス女男爵(バロネス)の夫パウル、オーフェルヴェック伯爵の騎士ブルクハルト、そして王国西部で多くの家畜を姿を見せぬまま襲った魔獣マンティコアの戦いは、周囲の藪や灌木をなぎ倒し、荒らしまくる。彼らの戦いは段々と俺達の隠れる木陰へと近付いて来る。

 その時、ブルクハルトが僅かに足を滑らせ、その隙をついたマンティコアがライオンの爪をブルクハルトへと振り下ろす。その瞬間、俺の隣にいたヤスミーンがミスリルの槍をマンティコアの腹へと投げつけた。マンティコアは槍を避けようと体を捻るが、槍が僅かに体を掠って皮膚を切り裂く。

 その動きで爪が逸れ、ブルクハルトは直撃を免れるものの、その身体には四本の平行な線が刻まれた。一歩遅れたパウルの剣がマンティコアの後ろから伸びるが、獅子の魔物は俺達の方へと跳び込んで来た。パウルの剣がマンティコアの背に届かず、残った数本の蠍の尾を切り捨てる。


 俺とマンティコアの距離は僅かに一歩、その巨体は流石にヴァルブルガの盾では受け止められない。ヤスミーンは槍を手放し無手となっている。マンティコアは前足で地面を蹴って、その鮫の歯を持つ老人の口で俺の頭をひと噛みにしようとしている。

 だが、パウルからさらに一拍遅れて樹上から黒い影が飛び降りる。


獅子(シンバ)を倒した者が勇者だ」


 オグウェノの大槍がマンティコアの左の腹を貫いて地面へと張り付けにする。鮫の歯を持つ大きな口が俺の眼前で止まる。物凄く臭い。だが助かった。探知スキルでこの展開は読んでいたが、何かが少しでもズレていたら一巻の終わりだったかもしれない。

 俺達は念の為、慎重にマンティコアから後退する。マンティコアはひゅーひゅーと掠れた息をしており、致命傷を受けたのは明らかだった。マンティコアの老人の目がこちらを向いている。黒いガラス玉のような、感情の分からない目だ。そうだ、コイツは言葉が話せる。何か聞いてみるか。


「おい、お前はどこから来たんだ。これまでこの地でお前のような者を見た者はいないぞ」


「ひゅー、ひゅー。さてな。人間の言葉も覚えたばかりだからな。お前達になんと呼ばれていたかなんて知らんな。いや確か、ノルデン山脈と言ったか」


 そこまで言ってマンティコアは息を引き取った。ノルデン山脈だと。魔族が現れたあの山、まさかコイツ、魔族なのか。いや、獣の特徴を持つ魔物だから、コイツが魔族でも不思議は無いか。確かこの貧しい王国西部を食べ物の溢れる土地と言っていたか。魔族の国は食料に乏しいのか?

 そんな事を考えていると、また俺の頭脳に直接声が響く。


「助けて、誰か」


 だが今回は、声だけではなくイメージまで合わせて流れ込む。そのイメージはまるで今、俺の魂が俺の体を離れるように視点が空中に浮かび上がり、そしてここから森の中、どんどんと南へと視界が移動して行く。そして、その先には二人の人物がいた。力なく座り込む女騎士と横たわる貴族令嬢。

 それが誰か詳細は分からなかったが、そこでイメージは消え、俺は自分の身体に戻って来たような感覚を覚える。俺は考えた。あれはここから三十分も離れていないだろう。だが、こんな森深いところで行き倒れなんて怪しさしかない。

 しかも探索隊は半壊しており、負傷者は通常の手当てと女神官の治癒魔術で若干建て直しているが、死者も出ていてしばらくここから動けそうもない。ヴァルザー男爵とオーフェルヴェック伯爵側の損害が酷いが、パウル達エンデルス女男爵勢はもう回復した。そして俺達はほぼ無傷。


 数日前から頭の中に声がする事を考えれば、普通の遭難者では無いだろう。彼女らを助けた場合、十中八九厄介事に巻き込まれる。そうじゃなくても、カウマンス王国とマニンガー公国の境の中央高地から出て来たとなれば、揉める未来しか考えられない。

 一方、無視した場合、何事もなく終わるかもしれないが、これからも救助信号を送られ続けるのもしんどいし、断末魔の声とか聞こえてきたら寝覚めが悪過ぎる。あるいは彼女らが中央高地にいる理由が、王国西部に関係のある情報だった場合、それを得る機会を失う事で対処に遅れる可能性もある。

 う~ん、助けてというんだから警戒しながら助けに行って、事情を聞いてから聞かなかった方がいい事ならその場に彼女らを置いていくという選択もあるか。とりあえず、彼女らの事情が王国西部や俺に関係ある事かどうかだけでも知っておきたい。




「なに、まだ何かいるというのか?」


「いえ、魔物ではありません。魔術師が言うには森の中に人間がいるとか。何故こんなところにいるのか、確認したいのです」


 俺はヨナタンに小芝居を打たせると、パウル達に探索隊の復旧を任せてエスレーベン子爵勢で確認に行く事にする。




 森の中を進むこと三十分。俺がイメージで見た通りの景色を辿って進んで行くと、あのヴィジョン通りの女騎士と貴族令嬢を見つける。


「本当にいました。やはりご主人様は千里眼の魔術師」


 ヴァルの感想は無視して、警戒しながら二人に近付く俺達。向こうも気付いたようで、女騎士がフラフラになりながら令嬢の前に立つ。


「私達は魔獣退治に来たカウマンス王国エスレーベン子爵家の者だ。君達は誰だ。ここで何をしている」


 すると女騎士は警戒しながらも口を開いた。


「私はマニンガー公国、薔薇(ローゼン)騎士(リッター)のエリーザ・フィデッサー。貴君らに保護をお願いしたい。マニンガー公国は海から現れた魔族に占拠された」


 あれ、この人。アロイジア公女と一緒にいた女騎士じゃない?

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