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姿なき獣

「助けて、誰か」


 まただ。先日から俺の頭の中に時々、誰かの声が聞こえる。俺とエンデルス女男爵(バロネス)の夫パウル、そしてヴァルザー男爵の次男、あのバルドゥイーンの弟、はヴァルザー男爵領を南下し、オーフェルヴェック伯爵領に入って、王国と公国の間に横たわる中央高地近くまで来ていた。

 既にヴァルザー男爵領を出てから一週間が経っていた。その間、探知スキルを頼って獣を追っていたが、所々で獣の通った跡や家畜の襲われた村もあったので、ヨナタンの偽の探知魔法を疑われる事は無かった。むしろ狩人も追えない獣の位置が分かる事で、俺が、ヨナタンがいる内に退治しようという空気が生まれていた。

 オーフェルヴェック伯爵傘下の土地に入ってからは、ヴァルザー男爵がその土地の貴族と調停し、俺達捜索隊に物資を補給してくれていた。一行はヴァルザー男爵を訪れたウチのメンバーと女男爵を除いたパウルのハーレムパーティー、それにヴァルザー男爵の次男とその兵、オーフェルヴェック伯爵の部下で構成されている。




「レン殿、既に中央高地だぞ。まだ獣に追いつけないのか」


「待って下さい、ここでもう一度、魔法で調べましょう」


 オーフェルヴェック伯爵の部下、騎士ブルクハルトの問いに俺はそう答えると探知スキルで探ってみた。今朝、野営地を出る前に(さぐ)った位置はあと一時間程度の距離だったハズだった。だが、今までスキルを使った時に獣との間に繋がったパスが、どうしても繋がらない。


「ここまで来て分からないというのか」


 俺はヨナタンに指示して、急に行方が分からなくなった演技をさせると、それを聞いたブルクハルトは憤りを覚えたのか、大声を上げた。周りで聞いていた者達も、似たような表情を浮かべていた。複数の貴族家で連携し一週間も続けていた探索なのだ、当然だろう。


「全員、警戒しろ。獣が魔法の範囲から出たのかもしれない。でも、もう一つの可能性がある。獣が魔法から隠れてこちらを狙っている可能性が」


 俺の警告にヴァルブルガとヤスミーン、オグウェノが俺の周囲を囲んで警戒し、ヨナタンはビビって金属針を落として俺の足元で頭を抱える。パウルとハーレムパーティーもすぐさま警戒に入ったが、ヴァルザー男爵とオーフェルヴェック伯爵の兵達は俺を見てしまっていた。


 ザクリ


 その瞬間、樹上から五本の黒い何かが伸びて来て兵士達に突き刺さる。それが引き抜かれると兵士達は倒れ込んで、刺された部分を抑えて悶え苦しむ。よく見れば患部が赤く腫れ上がっているのだが、今それを見る者はいなかった。

 一瞬で兵士五人が戦闘不能にされたのは痛手だが、人の内側にいたヴァルザー男爵次男とブルクハルトが狙われなかったのは幸いか。全員が兵士を刺した何かの方を向いた時、意外にも樹上から現れたのは老人の顔だった。




「儂は人間達と争うつもりは無かった。ただ少しずつ食べ物をもらい、決して人に姿を見せない。そうして儂はこの新しい世界で、この食べ物に溢れた豊かな世界で、少しの不自由さを受け入れても、何者にも干渉されず自由に生きていくつもりだった。儂にだって幸せになる権利はあるんじゃ。


 だが、お前達は追ってきてしまった。わざわざ儂が争わずに済むよう、気を使ってやっていたというのに。全く愚かな事だ。所々で食べ物をつまみ食いし、決して食べ尽くさない。儂はお前達が生きられる道を示してやっていたというのに。だが、もうお終いだ。お前達はお終いなんじゃーっ」


 俺達は勘違いをしていた。家畜を襲った獣は、人間に敵わないから人間を避けているのだと。弱いから人間から逃げているのだと。だが、そんなんじゃ無かった。老人の顔の後ろには大きなライオンの体があった。その背には大きな蝙蝠の翼があった。後ろからは無数の蠍の毒針の付いた尾が生えていた。

 しゃがれた声を発する、老人の口の中は鮫のような歯が無数に生えていた。コイツは決して人を恐れ隠れる獣なんかじゃなく、(むし)ろ進んで人を襲う人食いの魔獣。確か古いペルシャ語で「人食い」を意味する恐ろしい怪物、マンティコアだ。


「いくぞ、皆!」

「おう、パウル」「ええ、パウル」「分かりました、パウル」


 樹上からヴァルザー男爵の次男のいる場所に飛び降りようとしたマンティコアを、パウルパーティーの女戦士が盾で受け止める。そして剣を抜いたパウルが跳び上がると、大上段から敵へと剣を振り下ろす。マンティコアは巨体に似合わぬ俊敏な動きで、女戦士の盾を蹴って跳び下がりパウルの剣を避ける。

 うお、流石勇者。あんな化け物に対抗できるのは、ウチではオグウェノくらいか。俺はヴァルザー男爵の次男にも何かの陰に避難するよう勧めながら、ヴァル、ヤスミーンと一緒に自身も後退する。オグウェノはそれよりも先にすっと姿を消した。

 その間もパウルの剣が、女戦士の槌が、女狩人の矢がマンティコアへと降り注ぎ、逆に獣の歯が、ライオンの爪が、蠍の尾が彼らを襲い、それらは避けられ、あるいは盾に止められる。残る兵を率いたオーフェルヴェック伯爵の騎士ブルクハルトもそれに加わり、戦いは激化していく。




 もう三十分も戦いが続いただろうか、ブルクハルトを除いた兵士が蠍の尾の毒に倒れ、女戦士と女狩人がライオンの爪に大きな傷を負わされて後方で女神官に治療を受けている。一方、流石にマンティコアも翼の片側を折られて飛行能力を失い、蠍の尾の何本かも切り落とされていた。

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