南の男爵家
ペルレからオイゲンに戻った俺は、正式に代官屋敷とした前代官ヤーコブの屋敷に着くと、代官オスヴィンからエンデルス男爵の要請の詳細を聞いた。どうやらひと月くらい前からエンデルス男爵領で、放牧中の家畜が襲われているようだ。
ただし何が襲っているか見た者はいないし、人が襲われた事は無いそうだ。オイゲン周辺では被害は無いが、エンデルス男爵領の複数の村でその何かは出現しているようだった。被害も既に二十~三十頭に達しているらしい。
「やあ、やあ、レン君久しぶり。今回はウチの領の問題に協力してくれて感謝するよ」
「パウル、失礼よ。申し訳ありません、レン殿。」
「いえ。家畜を襲う害獣なら我が領も心配ですから」
共同の害獣退治について詳細を話したいとエンデルス男爵に使者を送ったところ、翌日には向こうからやって来た。エンデルス男爵の領地はエスレーベン子爵領の南にあって、街道は通じていないが森を通る獣道を抜ければ一日で来ることが出来る。
ちなみに上の馴れ馴れしいセリフは男爵の夫パウルのもので、それを嗜めているのはエンデルス女男爵である。そう、ウチと同じ女性当主だ。パウルは二十代中程の青年で、身長百八十センチくらい、痩せマッチョで金髪を逆立てて青いバンダナを巻き、背に長剣を斜め掛けしている。勇者か?
女男爵の方は、この場ではやや小さく見える身長百六十センチくらいのブラウンの髪を腰まで伸ばした女性で、外出用なのだろうか深い緑の簡素なドレスをその華奢な体に付けている。彼女は最初の挨拶以降、話は夫に任せている。
そしてここに来たのはこの二人だけではない。まず目を引くのは身長百七十センチを超える褐色の肌の筋肉質な女性だ。ビキニアーマーという程ではないが、二の腕、腹、太ももが露出した鎧、革製で所々を金属板で補強している、を着ており、大盾と金属槌を持っている。
うん、露出したいのか防御力を上げたいのか分からん。続いて、身長百七十センチ近い細身の女性で、背中までの髪を一本に纏め、弓を背負い、矢筒を腰から下げている。青ベースの女性版ウィリアムテルといった服装で、目付きが鋭い。ヴァル程じゃないが。
さらに茶色いガウンのような神官服を着た身長百六十を少し超えるくらいの女性で、金髪を肩まで伸ばし、あまり太くない身長程の木の杖を持っている。あれはフリーダのような星の神の神官ではなく、この辺の古くからの農業の女神ドロテーアの神官だろう。
勇者、女戦士、女アーチャー、女神官+姫(女男爵)。ハーレムパーティーかよ。俺は後ろを振り返る。ヤスミーンと目が合い、ニコリとほほ笑まれる。これは良い。ヴァルブルガと目が合う。睨まれる。いや、目が合っただけか。これもまあ、ギリ良い。
ニクラスを見る。真面目な顔で控えている。うん、まあ。オグウェノを見る。黒い肌の異国人はまるでこちらを見ていない。ジルヴェスターを見る。何か人を馬鹿にした様な薄笑いを浮かべて、上から見下ろしている。ちょっと面白くない。クルトを見る。鼻を鳴らしエア咀嚼か口が動いている…。
パウルパーティーに比べて男臭くて負けた気がした。いや、これが普通。というより、ヤスミーンとヴァルがいる分、普通より華やかなんだ。あと、戦力と言うより目の届くところに置きたくて、火魔術師メルヒオールと念力魔術師ヨナタンの二人も連れて来ている。今は屋敷の中にいるが。
ちなみにヴァルの父アンスガーと兄ディーデリヒはペルレに残しており、ヴァルの弟達は王都子爵邸を警備している。
彼らに襲撃者の情報を聞いたところ、パウルは大型の狼のような獣を想定しているようだ。襲撃場所には食い散らかされた家畜と、一匹分と思われる足跡が残されていた様だが、村の狩人に足跡を追わせたところ、いつも途中で途切れるらしい。
足跡の幅や大きさからその体長は三~五メートルと推定され、狩人によるとその足跡は狼というよりも猫のようだという者もいたらしいが、この辺にはネコ科の大型動物の生息は確認されていないので、あまりその意見は支持されていないようだ。とりあえず地球の狼や虎より大きいっぽい。
エンデルス男爵側との話し合いの結果、男爵領の東西と南を彼らが彼ら自身とそれぞれ十名ぐらいの三つのグループで探し、俺達は男爵領と子爵領の間の森を十名くらいの二つのグループで探す事になった。
話し合いの三日後から捜索は始まったが、そこから二週間、襲撃者が退治される事も捜索隊に発見される事も無かった。ただし家畜の襲撃自体は続いており、一度は子爵領付近で襲われたようで、こちらに来るかと焦った事もあったが、その後は南に流れて行ったようだった。
何と言うか襲撃地点の距離と時間を計算すると、一日の移動距離が長すぎるようで、姿の見えない襲撃者は二体以上いるのではないかという可能性も出て来る。ただ、エンデルス男爵領よりもさらに南に移動して行ってるようで、捜索を止めるか南の領地の貴族とも相談するかという話になった。
エンデルス男爵領の南はオーフェルヴェック伯爵の派閥となる為、自分達だけで話しに行くかゴルドベルガー伯爵にお伺いを立てるか悩むところである。ウチが子爵家なので、伯爵家を巻き込まないで他派閥と話すなら、俺が話す事になる。うぅ、どっちにしろ面倒くさい。




