カエル
ペルレに戻った俺はトルクヴァル商会の現状を確認したが、特に問題は無いようだった。表のアントナイト販売はブリギッテさんが問題なく、というか既にアントナイトの販売のついでに他の物も扱っているというより、他の物のついでにアントナイトを扱っているようだが、相当の利益を上げている。
また、知る者は知るとなってしまったが、ミスリルの採掘もベルントが淡々と運営しているようで、先日の新鉱脈の発見から採掘量二倍に向けて順調計画が進んでいた。ミスリル採掘クラン『銀蟻群』の定例にも顔を出したが、一時の不信感もだいぶ薄れていっているようだった。
「ヴァル!」
「痛っ、ご主人様、尻、尻を」
びしゃ
「ああ、気を付けろよ。そいつはフロッグリーパーだ。たまに出るんだよ」
久しぶりにペルレに戻って来たのでバックハウス男爵の荘園に挨拶に行き、ハイモの実験水田に寄ったところ、沼から突然飛び出た子犬大のカエルにヴァルブルガの尻が噛まれた。カエルと言っても頭と上半身がカエル、前足がヒレになり、下半身が魚の魔物だ。
ハイモによると最近、春になって暖かくなってきたせいか、週に1~2回くらいの頻度で沼からいつの間にかコイツが這い出して来て、嚙みついて来るらしい。最初はハイモも足を噛まれたりしていたが、最近は作業中も時々後ろを向いたりして警戒しているらしい。
噛まれても骨が砕ける様な大怪我にはならないし、鍬の一撃で簡単に死ぬが、酷く鬱陶しいらしい。噛まれる寸前、俺も気付いてヴァルに声を掛けたが間に合わなかった。コイツはこれで隠密性も高く、危険度も低いので俺の探知スキルでも、他人の分までは気付きにくいようだ。
噛まれて驚き、そのままカエルの上に転んでしまったヴァルは、フロッグリーパーを左手で掴むと沼の外に放り投げ、腰の剣を抜いて刺し殺していた。沼で転んだせいで服や鎧を半分泥で汚し、何だかやんちゃ坊主の様になっている。
びしゃ
「あ、コーチ」
「どうした、ヤスミーン」
「いえ、単に沼に足を取られて転んだだけよ」
ヤスミーンも半分泥を被ってしまった。大きなおっぱいや太ももが泥で濡れて服が貼り付くと、ヴァルと違って色っぽく見える。これはキャラの差だろうか。うん、着替えなどは持って来ていないので、ハイモの小屋の外の井戸で水を掛けて汚れだけ落とさせるか。
女子二人がビショビショになるが、春で暖かくなってきているし大丈夫だろう。別にヤスミーンをビショビショにするのが楽しみなわけではない。ヤスミーンに目を向けると、それに気づいてニコリとほほ笑まれた。
ヴァルの方は何と言うか活発な妹みたいで、ビショビショになってもあまり何とも感じないので不思議だ。ヴァルに目を向けると情けなさそうな、申し訳なさそうな顔をして上目遣いに見返してくる。目力があるので睨んで見えるが、そうでないのはそれなりの付き合いで俺にも分かっている。
ハイモはバックハウス男爵の荘園横の沼で、三十メートル四方くらいの排水溝で囲まれた水田を作っており、春になって田植えを終えていた。排水溝はただの掘っただけの溝ではなく、泥が流れ込まないように木材や石などで固めているので、それなりに大変だったのだろう。
まあ、見ても苗が植えられてるなぁとしか感想は出ないが、とりあえずちゃんと仕事をしているのは確認できた。まだ初年度なので沼が一年通して十分な水があるか分からないが、上手くいけば20~30キロくらいの米が出来るらしい。
三十メートル四方くらいの水田では収穫まで大した仕事は無いように思えるが、排水溝等はまだ不完全らしいし、水嵩の調整に給水溝や排水溝の幅を変えたり向きを変える必要もあるかもしれないので、意外と仕事はあるのかもしれない。
彼にはペルレ近郊により水田に合う土地が無いか探してもらう仕事もあるので、いろいろ彼が見当を付けている場所の話なども聞いておいた。ボニファーツ達がいなくなって寂しいかと聞いてみたが、一人になってせいせいするとの事だったので大丈夫そうだった。
そんな事をしてペルレで数日過ごしていると、オイゲンの代官オスヴィンから手紙が来た。その手紙によるとオイゲンの南のエンデルス男爵家から害獣駆除の助力要請が来たとの事だった。エンデルス男爵といえば先日ゴルドベルガー伯爵領で合同結婚式をした家だ。
何でもエンデルス男爵領で、家畜が襲われる事件が相次いでいるが、犯人を捜し出せずに困っているという。そこで人海戦術で見つけたいので兵を借りたいという事らしい。オスヴィンは民兵の訓練の一環として協力しようと考え、許可を求めている。
たぶん、熊とかそういう相手を想定しているのだろうし、それなら人海戦術も無茶な話ではないが、犯人が分かってないというのは不安要素が大きい。どん底からちょっと上向いたばかりの領で、他領に協力して領民に怪我させて、支持率低下なんて招きたくはない。
オスヴィンは代官として自分の範囲で対応しようとしているのだろうが、貴族であるエンデルス男爵が相手だと、代官でしかないオスヴィンでは相手に主導権を取られかねない。それに犯人捜しは俺の探知スキルならあっさり解決するかもしれないし。
オスヴィンに俺が行くまで待つよう手紙を出すと、俺は自分で対応すべくオイゲンに向かうのだった。




