ありがとうの贈り物
「アンタ、馬鹿ぁ!?
何で新子爵様の就爵の儀に婚約者のアンタが来ないのよ!」
彼女は王都からオイゲンの代官屋敷にやって来るなり執務室の俺にそう言った。右の人差し指と親指を直角に銃のように立て俺に向け、左手は腰に当ててやや足を開いた仁王立ちで俺を罵倒して来たのは、一応俺の部下のハズの女性文官、フロイデンタール男爵の次女カサンドラだ。
最初の罵倒で日本で見た古い人気ロボットアニメ『神世紀アヴァンギャルドン』のツンデレヒロイン、アスナを思い出した。だが、俺はバルテン一族とやり合っている内に、王城で行われた新子爵の就爵式を欠席してしまったらしい。俺、何で呼ばれていないんだろう。いなくて良かったからか?
まあ、国王の前に出るなんて緊張で死にそうだから良かったとも言えるが。就爵式は当然新子爵のコジマちゃんが出席し、ゴルドベルガー伯爵家の執事クリストフさんが列席、従者として王都屋敷に残ったカサンドラとマインラートが付き添ったらしい。その後、コジマちゃんは伯爵の領地に帰ったらしい。
「なかなか王家へのお礼が屋敷に届かないから、私がここまで来てやったんだからね。
アンタ、新子爵様の代理なんだからちゃんとしなさいよ」
俺はそういう慣習を知らないんで、君らに教えて欲しかったんだけど。それを聞いたバルシュミーデ男爵の四男ゴットホルトも騒ぎ出す。
「なんと、なんと!
まだ王家への贈り物を送っていないとは不覚ぅ!
王家へ贈り物は忠誠を見せる機会! 盛運! 誉望!
オール・ハイル・カウマァァァンス!」
「すいません、レン様。子爵様の婚約者とはいえ、まだ結婚前では平民身分なので王城に入るのはムズかしいといいますか、行っても役職の無い貴族子弟に目を付けられて、あの平民との婚約を解消させて自分がとか、アイツを殺せば自分が婚約者、みたいな面倒に見舞われると思って僕が止めてました」
おおっ、オスヴィンさんありがとう!俺の味方は君だけだよ。で、贈り物の手配もだけど、相場が気になった俺は聞いてみた。
「それでどんな物をというか、幾らぐらいの物を送ったらいいんだろう」
「はぁ、国王への贈り物に相場を求めるとは無粋だが、金貨数千枚(数億円)にはなるだろうな」とゴットホルト
「えぇ~、こんな貧乏領地なんだし、金貨三百枚(約三千万円)くらいでいいじゃない」とカサンドラ
「はーい、はーい、はーい、法律的には決まりは無いのですよ。でも領地収入の1~3年分くらいが慣例なのですよ」とファビアン
ゴットホルトとカサンドラはフィーリングで言っているが、俺が聞きたかったのはファビアンの言った慣例なのだよ。
「オスヴィン。エスレーベン子爵領の領地収入ってどれくらいだっけ?」
「恐らく領の生産物の総額が金貨三千枚(約三億円)くらいなので、金貨九百枚から千五百枚になるかと」
「う~ん、金貨千枚でもいいんだろうが、下手なケチが付かないよう金貨二千枚くらいにしようか。バルテン一族から金貨三千枚分の資産を徴収するから何とかなるだろう。それでいいかオスヴィン」
そんな感じで国王への贈り物の予算は金貨二千枚(約二億円)分とし、マッテゾン商会と王都屋敷の金目の物の見積もりを主にやっていたマインラートに任せる事にした。丁度文官達が集まって来たので、そのまま執務室で意見の交換を続ける。次は元代官ヤーコブによって七割にされていた税率をどうするかだ。
「う~ん、領民は元代官のせいで飢えかかって疲弊してるからな。税率三割から五割が普通らしいけど、それで領民は十分食べていけるのか」
「王国西部は土地が荒れていて貧しい村が多いですからね。元々生産量が少ないので税率五割にしている貴族が多いと思います。税に不満の無い村人はいないと思いますが、自分達で食料を作っているので何とかなっているのでしょう。
ただ手元に金がほとんど残らないので、隙間風の入る木造の家に住んで、服などはなかなか買えないのでボロを纏ている者が一般的です」
オスヴィンの説明に俺は考えた。もちっと健康的に働いて貰いたいが、領の支出がどれくらい必要か分からない。
「ちなみに領の支出はどこまで減らせる?」
「私達文官の賃金が年に金貨二百四十枚、王都屋敷の使用人二十人で現物支給も含めて金貨八百枚、あとは子爵様やレン様の手当てをどれくらいにするか、街と王都の屋敷、街の城壁等の整備をどれくらい行うか、他貴族との交際や贈り物等をどれくらいするかによります」
オスヴィンが王都屋敷の使用人を全員残す前提で話すと、カサンドラがまた噛み付いて来た。
「ちょっと、王都屋敷に二十人もいらないでしょ。書類仕事は私達がするから、屋敷を取り仕切る家令一人と馬屋番や御者等の下男が三人、料理人一人と侍女が三人もいれば十分よ。大体年配の連中は反抗的だし怠け癖が付いてるから全員、クビよ、クビ」
王都屋敷の使用人は八人もいれば十分という事か。まあ、日本の意識が残っている俺的には中高年を解雇というのも心苦しいので、若年者と同じ賃金で雇用は続けよう。カサンドラの言うような連中は不満を言って出て行くか、仕事をしなくなれば追い出してもいい。




