2つの提案
「1つはエスレーベン子爵家の全てを頂けるのですか」
俺の提案書の1つを見たマッテゾン商会会長がそういうと、他の商会の代表達がどよめく。
「そうだ。君らの代表を新子爵様の養子にした上で、新子爵様は爵位を譲られる。
後は子爵家の全てを好きにするといいだろう。
それは子爵家が所属する派閥の長、ゴルドベルガー女伯爵も認めている」
俺の答えに、おおっと歓声を上げる金貸し達の中、マッテゾン商会会長が問い返す。
「我々は王都のこの屋敷とここにある財貨を分配できればそれで良いですが、
子爵様の御領地のオイゲンの街の住人達はどうされるので。
聞けば破綻寸前であると聞こえてきますが」
「それは爵位を譲られた君達が考える事だろう。
俺はゴルドベルガー女伯爵から子爵家の面倒を見るように言われているが、
伯爵家からすれば没落子爵家など、どうでもいいのだ。
面倒を見たいという者がいれば譲っても構わない。
俺も子爵家を建て直すべく汗を掻かなくて済む」
俺はそう答えた。そんなの無責任だぞ、などと悪態をつく金貸し達。彼らを制してマッテゾン商会会長が挑むように声を上げた。
「我々が欲しいのはこの屋敷とここにある財貨だけです。
オイゲンの街の住人は要りません」
「みんなそうさ。
だが、君らが屋敷や財貨だけを奪ってオイゲンの街の住人を見捨てれば、
一気に街は破綻し、住人の多くが死に、そしてその恨みは君達に向かうだろう。
ひょっとすると徒党を組んで君たちの商会を襲撃するかもしれないし、
一生君らの命を狙う復讐者が生まれるかもしれない」
「貴方のトルクヴァル商会はペルレで成長著しいと聞きます。
子爵家代理殿の商会で街を支援すればいいでしょう」
そうだ、そうだ、と騒ぐ金貸し達に俺はハッキリ告げた。
「はっはっはっ、そんなのは嫌だよ。
というか、あれは表向き俺の商会だが、実質はゴルドベルガー伯爵家の物だ。
王都の屋敷だけ奪って、死に掛けの街を擦り付けるなら、
君らはカウマンス王国四大伯爵家の一つゴルドベルガー伯爵家を敵に回すだろう。
もちろん、その時は俺もオイゲンの街に行って大声で叫んでやるさ。
お前達が死んでいくのは王都の金貸し達のせいだぞーってな」
俺の言葉に青くなったり、憤怒の形相を浮かべる金貸し達。しばし考えてから、マッテゾン商会会長が再び口を開いた。
「もう1つの提案は、我々に金貨二千枚近い借金をたかだが金貨百枚に負けろと」
「二千枚という金額には首を傾げるが、まあそうだ」
「さらに、金利なしで十年分割にしろと」
「そうだ」
「その上、我々で今ある子爵家の借金をまとめて窓口になれと」
「そうだ」
「話になりませんな。
借金の九割五分を捨てろだなんて」
「エスレーベン子爵家は、屋敷を売ってもまだオイゲンの街の破綻を支えきれない。
エスレーベン子爵家はマイナスなんだよ。お前らの貸し金は決して戻らない。
だが、お前達にそれだけの覚悟があるなら、
俺も十年、汗を掻いて一部でもお前達に返そうと言うのだ。
もっと上手くやれる奴がいるなら、子爵家をまるごと受け取れ」
「まだどれだけあるか分からない借金の窓口になるなど、
そんな手間を掛けては返済以上に大損ですよ」
「窓口という事は、返済は全てお前達にまとめて払われ、
後から来た奴らに横取りされて、取りっぱぐれる事がない。
分配もお前達に任せる、十分有利な立場に立てるだろう。
それでいいなら今年の分だ、これを受け取れ」
俺はそう言って立ち上がると、俺と借金取り達が挟むテーブルとは別の、部屋の隅に置かれたテーブルの上に掛けられた布を取り払った。布を取り払われたテーブルの上には、元子爵や夫人、その息子達の華美に装飾された衣装、そして趣味の悪い金のネックレスや壺など約金貨十枚(約百万円)分が置かれていた。
俺の説明に奇声を発する者、怒声を上げる者もいたが、武骨な大槍や斧槍を持つオグウェノ、ニクラスを前にしては近付いて来ない。そして、借金取り達は次第に相談を始めた。その目は俺が隅のテーブルの上に盛った品々に注がれ、刹那的な欲を刺激されているのは明らかだった。
結局、マッテゾン商会会長を中心に5人の商会代表を委員とした、エスレーベン子爵家の借金窓口が組織され、後者の提案が受け入れられた。よしよし、これで毎年金貨十枚払うだけで、借金を全て片付けられた。
ちなみにマッテゾン商会会長は俺の仕込みで、ボーレンダー商会が乗り込んで来る前から相談していた。この2つの提案も俺一人で考えたわけではなく、ゴルドベルガー伯爵家が派遣した五人の文官とマッテゾン商会会長の7人で考えたものだ。
借金の窓口組織の委員の5人の内、2人はさらにマッテゾン商会会長の仕込みであって、実質委員の過半を占める自分達で物納、その他の形で返済される借金の中で、自分達に有利な分配をするつもりである。最初の返済も彼らがいい物を取っていったようである。
マッテゾン商会会長は元々、エスレーベン子爵家からの返済を諦めていたが、このスキームなら自分が主導してエスレーベン子爵家から欲しい物を優先的に受け取れる上、オイゲンの街の復興にもしっかり絡んで来て利益を上げる事が出来る。今回の件で一番得にしたのは彼だろう。
そうして、取り合えず王都屋敷の借金に決着が付いたところで、次の客がやって来た。




