子爵屋敷
俺達が王都へついてみると、エスレーベン子爵はその夫人共々辺境に隠居しており、子爵邸ではゴルドベルガー女伯爵の執事クリストフさんが俺を待っていた。
「トルクヴァル商会会長レン殿。エスレーベン子爵とその夫人は近年心労が祟って体調を崩しており、爵位をご息女のコジマ様に譲って隠居なさいました。コジマ様はゴルドベルガー伯爵家でのお役目の為、王都の屋敷や御領地でのお仕事が果たせないので婚約者のレン殿に任せるそうです」
そう言ってクリストフさんは文官らしき5人の若者を俺に預けて帰っていった。
大した説明もなく、運営の指示もなく子爵領を任されてしまった。というかエスレーベン子爵家は荒れててヤバイと分かっているだけで、伯爵家も良く分かっていないからその調査や後始末を俺に任せると言う事だろう。
はっはっはっ、まるでブラックボックスのまま引き継がれたプログラムの解析を頼まれた気分だぜ。 クリストフさんが出て行った扉を眺め、執務室の真ん中で呆然としている俺に、残った文官らしき人物の一人から声を掛けられた。
「レン殿、そろそろいいかね」
俺に預けられた文官の一人が俺にそう声を掛けて来やがった。お前、俺が急に子爵家を預けられて、頭の中を整理する時間もない事を分かって言ってるよね。それともエリートは、それでもすぐに動き出せるのか。俺のような凡人にそんな事求めるなよ。
「あ~、まずは自己紹介をお願いします。
それと伯爵様のご意向で新しい子爵様の婚約者となった私ですが、
私はもともと貴族様とは関わりのない平民です。
とりあえず最初のこの場だけ、私の下で働く事をどう思っているかも教えて下さい。
この場での話は決して後に不利にするような事はありませんから」
俺がそう言うと、彼らは互いに顔を見合わせること無くさっきの男が話し始めた。どうやら彼はグイグイ行くタイプらしい。そして、他の文官への気づかいが一切ない。長身で30歳くらいだろうか。茶色の短髪を頭に撫でつけた、やや厳めしい顔の男だ。
「吾輩はゴットホルト・バルシュミーデ。
王国にこの家ありと言われた栄えあるバルシュミーデ男爵家の四男である。
国王に忠誠を。カウマンス王国、万歳。
私はジークリンデ様よりエスレーベン子爵領を任された。
婚約者殿は形式上はエスレーベン女子爵の代理であるが、
碌な領地経営知識もないだろうから余計な口出しをせずに実務は私に任せれば良い」
「なるほど、どのような姿勢でいるのかは分かりました。
ありがとうございます。それでは次の方、お願いします」
俺はゴットホルトの言葉に否定も肯定もせずにそう答えた。自分の主張が流された事にムッとするゴットホルトだったが、周りを窺っていた別の男がそこで声を上げた。彼は20代だろうか。中肉中背だがヒョロヒョロした感じじゃなく、まあまあ運動している感じだ。それ以外あまり特徴がない。
「えっと、次は私でいいかな」
「お願いします」
いつまでもゴットホルトの話を聞いているつもりもなかったので、俺は次の男に続きを促した。
「えっと、僕はオスヴィン・アードルング、です。
アードルング子爵家の三男です。
正直あまりウチの家はコネが少ないので三男の僕にまで役職が用意できなくて。
ここで仕事が貰えて助かりました。
あと僕みたいな三男は役職に付けなければ、一生兄の居候か、
平民と一緒に軍隊か商家に入るか、冒険者にでもなるしかないので、
全然不満は無いです」
「なるほど、前向きに考えているようで良かったです。
ありがとうございます。それでは次の方、お願いします」
貴族の子弟ながら偉ぶる所が無くて良い。ゴットホルトの家が一番偉ければ、文官のトップを彼にしなければいけないのかと内心頭を抱えていたが、歳は下だがオスヴィンの家の方が爵位が高いなら彼をトップにしてゴットホルトを制してもらおう。
「はーい、はーい、はーい。私はファビアンといいますですよ。
代々ベヒトルスハイム男爵家の文官の家系ですが、はーい、はーい、
後を継げるのは長男だけで、下の兄も他家に仕官しておりますですよ。
私は職もなく実家で肩身を狭くしていたので、はーい、はーい、
こちらを紹介されて大変感謝しているのですよ。」
次の男は貴族の子弟じゃないのか。まあ、その方がきっと上司が平民でも大丈夫そうだからいいか。でも、この変なテンションの男、大丈夫だろうか。背は低くて痩せている。着ている服はゴットホルトやオスヴィンよりも一段下がるが、悪い物でもない。でも袖はちょっと余っていて体に合ってないか。
「なるほど、文官の家系ならこれからの仕事に頼りになりそうです。
ありがとうございます。それでは次の方、お願いします」
「次は私でいいかしら?
私はカサンドラ・フロイデンタール。フロイデンタール男爵の次女よ。
2回婚約したけど、どっちも結婚前に婚約者が死んだんで、
縁起が悪いって縁談が無くなったのよ、悪い?
まあ、実家も居心地が悪いし、独立して自分の力で生きていくのも悪くないと思っているわ。
だからって私は男爵家の娘なんだから、手なんか出そうとしたら刺してやるから気を付けなさい」




