目撃者は全員始末しなきゃ
その声にニクラスがボスっぽい男の脇腹に斧槍を叩きおろし、ヤスミーンが雑魚っぽい野盗に槍で止めを刺す。三馬鹿トリオはこの際、後回しでオグウェノは最後の手練れに大槍を叩き付ける。だが、うつ伏せに寝ていた手練れはそれを転がって躱すと立ち上がった。
「しょうがね〜なぁ〜。
やっと街に馴染んだのに、何も見なかった事にするから見逃してくれよ~」
コイツ、手練れなだけじゃなく、気配が一人だけ何かおかしい奴だ。
「ニクラス、オグウェノを援護。
ヤスミーンは雑魚の止めを刺せ」
俺の命令にヤスミーンは、震えてうずくまる野盗を槍でひと突きにする。そしてオグウェノが立ち上がった奴に大槍を振り下ろし、それに合わせてニクラスも斧槍を胴に突き刺そうとする。しかし、その男はオグウェノの槍を踏み込んで穂先近くの柄を掴み、さらにニクラスの斧槍も逆の手で掴んだ。
「しょうがね〜なぁ〜。
人の話はちゃんと聞けよ、やっと人間の街に馴染んだのにぃよぉ~」
オグウェノとニクラスの槍を掴んだその男の体が膨らみ、服がはじけ飛ぶ。そして膨らんだ体は黒い毛で覆われていき、目が吊り上がり、耳が伸びて、口が裂けて牙が覗く。うん、コイツ、狼男って奴だね。いや、ここでは魔族っていうのかな。
「何故、こんなところに魔族がいる」
「しゃべると思うのか。
この姿を見た以上、一人も逃がさね~よ」
俺の問いに狼男は答えない。まあ、そうだよね。見られて困るモノを見られたら目撃者は全員始末するよね。俺もそうする。
オグウェノ、ニクラスの二人を当てると、さすがの魔族も劣勢に見える。ニクラスはあまり動かず、斧槍のリーチを使って距離を取ろうとし、オグウェノがヒットアンドアウェイで離れた間合いから大槍で斬りつける。
ニクラスが巧みに狼男を引き付けながら攻撃を止め、その間にオグウェノの大槍が狼男の背や太ももに大きな裂傷を作る。だがよく見ると、その傷はゆっくりと再生されていっていた。攻撃が入っているのになかなか倒れない狼男に、皆それに気づいて焦る。
「ヤスミーン、二人の邪魔をしないよう隙のある時だけ中距離から槍を刺せ」
「分かったわ、コーチ」
ヤスミーンも参戦させるが狼男は、再生力を当てにしてか技量に劣るヤスミーンからの攻撃を無視しているようだ。これでは二人の支援にもならないか。今は人数差で押していても、傷がいくらでも再生するなら、こちらの体力が先に切れるだろう。
だがそこで不思議な事に気付く。大きな傷が再生して行くのに、再生されない小さな傷が幾つかある。あれはヤスミーンの付けた傷か。オグウェノ達との差、それは武器か。ヤスミーンのミスリルの槍は、あの再生力を無効化するのか。
「オグウェノ、ニクラス、ソイツを抑えてヤスミーンに攻撃させろ。
ヤスミーン、お前の槍を全力で刺せ」
「その槍はまさか、ウソだろ」
そこで十歩の距離を離れるヤスミーン。ヤスミーンの槍に目を向けた狼男は、そちらに体を向けて両手の爪を向けるが、攻勢を強めるオグウェノとニクラスに抑えられる。
「お前、それは、ヤメローッ」
「十歩瞬殺」
高らかに必殺技の名を叫ぶヤスミーン。そして全力のダッシュから瞬時に狼男の前に移動した彼女は、ミスリルの槍を突き刺し、そのまま槍を狼男の胸に残して横を駆け抜ける。
「しょうがね〜なあああ〜。
だがお前達人間の街もよォォ、
これからもっと生きづらくなるぜ・・・
俺達は・・・」
そこまで言って狼男は仰向けに倒れた。何でこんなところに魔族がいたのか。生け捕りにする余裕は無かったので、今更考えても仕方が無いか。それを調べるのは俺の仕事じゃない。
「ひっひぇ~、なんザンスか。
あんな化け物がいるなんてミーは聞いて無いザンス」
「うわわっ、バッカンボン様が踏み潰され死んでるでゴワス」
そういえばこの二人は生き残ってたか。俺はニクラスとヤスミーンに二人を殺させ、一番身軽で体力を残してそうなオグウェノに、探知スキルで探した逃げ出したヤツの方向を示して殺してこさせた。これで俺の探知スキルには、半径1キロ以内に俺達以外の人の気配は無くなった。
目撃者は全員処分できたので、遺体は全て街道脇の森に投げ込む。どうせこの世界、指紋照合や科学捜査もないし、街の外で殺されたら野盗か魔物の仕業だろうでお終いだ。自分からバラさなければ俺に辿り着く事はない。
ただ、狼男の死体はどうするか。魔族の情報は誰かに知らせた方がいい気もするが、王都の警備兵のに知らせれば厄介事になるだろう。下手して子爵の息子の遺体まで見つかると面倒だ。やっぱり、森の奥に捨てて必要なら探しに来ればいいか。
「この魔族の死体はゴルドベルガー伯爵領に持ち帰りたい」
俺が悩んでいると、アルノー君がそんな事を言ってきた。別にいいが、王都へ持ち込むのは危険だ。そこで狼男の死体は大きな麻袋に押し込んで、ここから離れたところに印を付けて森に隠す事にした。後で王都で誰か伯爵家に運搬する人間を手配すればいいだろう。
「さて、少し手間取りましたが、王都へ向かいましょうか」
「うむ、そうしよう。
それにしてもお前は何者だ。お前は流れの商人であって碌な教育も受けていないだろう。
それが貴族としての教育を受けた俺とも違う、
何か結果を見れば、いつも正しい判断をしているように見える。」
「いえ、ただ運が良かっただけですよ」
アルノー君の問いに、俺はただそう答えた。




