ミスリルフレーム
天井のある洞窟の中で変な言い方かもしれないが、とにかく俺達はゾウムシの死骸から一番離れた空洞に続く横穴で野営する事にした。ダンゴムシに関しては最初に来た100匹以外、今は俺達に斬られたりゾウムシに踏まれたりして50匹程度だが、集まって来る事はなかった。
一晩、陽の届かない洞窟の中なので恐らくだが、休んだ俺達は今の採掘の最前線のキャンプまで戻った。そこで負傷したジルヴェスターとディーデリヒはミスリル混じりのアントナイト鉱石を運ぶ人夫達と地上へ送った。また、フリッツとザンも用は済んだと帰っていった。
「大将、先に帰らせてもらうぜ」
「レン殿、申し訳ない」
「いや、目的は達したし、
傷が悪化して後々パフォーマンスが下がる方が問題だから、
さっさと療養してさっさと復帰してくれ」
ダンゴムシの足に吹き飛ばされたジルヴェスターは肩や肋骨、足を骨折しており、数人の人夫に運ばれる事になる。また槍を突き刺す為、地面とゾウムシの足の間で槍を支えたディーデリヒは、恐らく腕の骨にヒビが入っていた。
キャンプではダンゴムシのいた空洞に、新たなキャンプを作るべく資材を手配し、俺達は追加の物資を補給してあの空洞に戻った。そこで巨大ゾウムシに群がる大ダンゴムシを見ていると、3日程度で引けていった。
ダンゴムシを殲滅する事もできただろうが、これ以上無駄な負傷者を出したくなかったから手出ししなかった。その後、空洞を調べると確かに奥の岩壁にはアントナイトの鉱脈があり、探知スキルによればミスリルの埋蔵量もなかなかのものに思えた。
さらにダンゴムシに中身を食われて残ったゾウムシの外殻を調べると、裏側に網目状に青くぼんやりと光る筋が入っており、どうやらそこにはミスリルが溜まっているようだった。つまりゾウムシはミスリルを摂食して外殻裏に蓄えており、ミスリルのフレームを持つような構造になっていた。
俺はゾウムシの外殻を持ち帰る為にニクラス達に解体を命じて、今いる人夫にはアントナイトの採掘を始めさせた。追加の人員と荷運び用の山羊が来たところで、俺達はゾウムシの外殻を山羊に載せ、人夫達と一緒に帰る事にした。結局、俺達が地上に戻るのは2週間ぶりとなった。
それから1週間、輸送距離は伸びたものの、ミスリルの採掘の最前線はゾウムシのいた空洞へと移る。この新しい鉱床の発見でミスリルの採掘量を2倍にする目途がついたので、『銀蟻群』の出資者達の俺を見る目も和らぎ、俺がすぐに殺されるような事はなくなったと考えていいだろう。
ちなみに採掘されたミスリルは全量をゴルドベルガー伯爵家が持って行った。それについて特に金属卸大手のダーミッシュ商会から不満は出たが、伯爵家権利分以外はこれまでの取引額の30%増しで引き取られたので、その声は大きくはなかった。伯爵家が何でそんなにミスリルが欲しいのかは謎だが。
さらにゾウムシの外殻も金貨100枚(約一千万円)で伯爵家が買い取って行った。確かに硬い素材ではあるものの、分厚い外殻は重さもあってそのまま人の装備などには使えそうもない。これの中にもミスリルが蓄積しているので頑張って取り出そうというのだろうか。
「レン様、お疲れ様です」
「ああ、ありがとう」
俺はいろいろと落ち着いて、トルクヴァル商会の自分の執務室で一息ついていた。俺の机の前にはザックス男爵夫人から預かったヘロイーゼが立っている。最近、俺にお茶を出す係が彼女になっていた。7歳の少女を働かせるのは日本ではアウトだが、俺的には親戚の子にお手伝いしてもらっている感覚である。
「た、大変よ。会長ぉ~っ」
そんな穏やかなお茶の時間に飛び込んで来たのは商会の見習いの少女で、ヘロイーゼの先輩のレオナだ。元合法ロリの娼婦だが、現在ではただの童顔の職員になっている。とにかく、彼女が言うには服もボロボロで靴も破れたメイドさんが訪ねて来ているという。
もう厄介事としか思えない。とはいえ、そんな女性を商会の前で門前払いして騒がれたら、衛兵が来たりして余計面倒な事になりかねない。仕方が無いから中に入れて話を聞くと、彼女は王都のエスレーベン子爵の館のメイドだという。
「ううっ、お願いします。子爵様のお屋敷に来て下さい。
でないと、でないと、妹が、ううっ」
どうやら彼女は、子爵の息子にレンを屋敷に連れて来いと命じられたようだ。それだけでなく、連れて来ないと妹を酷い目にあわせると言われて、比較的治安のいいといわれる王都間の街道とはいえ、一人で必死にここまで歩き続けて来たという。ちなみに呼び出しの目的は不明。
うえっ。1月前に金貨10枚も巻き上げられたばかりで、会いたくなんだけど。というか近々ゴルドベルガー女伯爵に潰されるらしいので、もう会うことも無いと考えていたんだけど。これ、行かなきゃならないのか。使者が誰かはともかく、貴族の呼び出しだしな。
エスレーベン子爵からの使者が来たという事で、俺の執務室にやってきたアルノー君も難しい顔をしている。平民が貴族の呼び出しにすぐ応えるのが当然だ、とか言い出しそうだが、エスレーベン子爵に関してだけはアルノー君も閉口している。
俺はさめざめと泣くメイドさんを見て溜息をつくと、仕方なく王都行きの準備をするのだった。




