笛の音
ピィーーーッ、ピッ、ピッ、ピッ
空洞で行われる6人の戦士達と巨大ゾウムシの決戦。だが、特に俺から指示を出すわけでも無いので、その戦況に一喜一憂するものの、当事者意識が無くまるでスポーツ観戦をしているようだった。だが、俺の後ろから近付く者がいれば話は別だ。
探知スキルで敵を発見した俺は笛を鳴らす。最初に長めの笛の音で注意を集め、短く3回鳴らす事で危険度の低い敵の増援ありを知らせる。ちなみなら2回なら危険度の高い敵の増援あり、1回ならすぐ逃げろ、となる。今回、俺達のいる横穴に後ろから1体の敵が近付いて来ていた。
俺はヤスミーンに後ろに下がって空洞内に変化が無いかを見張らせ、クルトとニクラスを敵の来た方へと進ませる。俺とヴァルブルガ、若騎士アルノー君、そして食料を背負った山羊を引く人夫達がここに残る。横道の先から出て来たのは、ここに来るまでにも遭遇した体長2メートルのダンゴムシだった。
「クルト、そいつを棒でブッ叩け」
「ブゴッ」
クルトが棘付きの鉄球を振り下ろすと、あっさりダンゴムシの背中が陥没した。まだ脚がワサワサと動いているが、もう死んでいるだろう。俺は後続がいないか探知スキルで横穴の奥を窺うと、さらに2匹が近付いて来る。
ピィーーーッ、ピッ、ピッ、ピッ
それぞれにそのまま待機させて、続く敵を警戒させる。もっと奥まで警戒した方がだろうか、そう思って探知スキルの範囲を広げようとした瞬間、近付いて来る敵の1匹の速度が上がり、一気に近付いて来る。
「気を付けろ、速いぞ」
俺が警告を上げるのと同時、暗い横穴の奥から1.5メートルほどの球体が転がって来る。丁度、横穴に傾斜がついているせいか、速度が上がっていく。ヤバイ。
「クルト、それを止め、
みんな避けろ」
クルトに止めさせようとしたが遅かった。それは慌てて道を開ける俺達の間を通って空洞へと転がり落ちていく。幸い轢かれた者はいなかったが、危なかった。そう思っていると、もう1つの反応が同じようにスピードを上げた。
「また来るぞ、
クルト、道を塞いでそれを止めろ」
「ブゴーッ、ガッ」
今度は間に合い、クルトがそれを止めた。だがその球は真ん中から割れて無数を足が出て来る。それは大きなダンゴムシだった。それがクルトに捕まろうと足を動かしているところで、ニクラスの斧槍の穂先が伸びて虫の腹を貫いた。
生命力が強いのか腹を刺されても動いていた虫だが、横に振り下ろされた斧槍に従って倒れたところをクルトのスタンピングで潰されて動きを止めた。だが探知スキルによると、一度空洞へ飛び出した虫が戻って来た。
「コーチ、玉が虫になって戻って来るわ」
「ヤスミーン、こっちに戻ってから対応しろ。
ニクラスも戻って来てヤスミーンに協力してくれ」
ゾウムシのいる空洞を見張っていたヤスミーンを呼び戻し、ニクラスも俺のところまで呼んで対応させる。ダンゴムシは流石にゾウムシほどの硬さは無く、何度か外殻の上からヤスミーン、ニクラスの槍で突き刺すと、それで死んだ。
ゾゾゾゾゾゾ
何だ、この数は。目前の戦闘が終わったところで改めて探知スキルを使用すると、まだ距離はあるが俺達がいる横穴、そしてその付近の全ての横穴に遠くから、恐らくこのダンゴムシ達が近付いて来るのが分かった。その数は恐らく100前後。ヤバイ。俺は笛を吹く。
ピィーーーッ、ピッ、ピッ
「全員、聞いてくれ。
ここにさっきのダンゴムシが後ろから押し寄せて来る。
隣の横穴にも、その隣にもだ。
俺達は一旦、あのゾウムシのいる空洞に出て、左手の離れた横穴に逃げる。
(人夫達に)お前達は山羊から荷物を降ろして、山羊を牽いていけ。荷物は気にするな。
時間はある、みんなゾウムシがなるべく離れたタイミングで空洞に出るんだ。
もし左手に行けそうもなければ、右手でもいい。
この穴から左右どちらでも50メートルも離れればやり過ごせるだろう。
俺が先頭を行くから、それぞれ自分のタイミングで出て来い」
姉さん、ゾウムシとの戦いを他人事のように見ていたら、自分も掻い潜らなければいけないようです。いや、姉さんいないけど。俺はさっきの死んだダンゴムシの脇を通って、空洞に出る横穴の端まで来た。目の前で体長40メートルのゾウムシが足を振り回しては暴れ回っている。
怖い、超怖い。下手なタイミングで飛び出せば、轢き潰されてしまう。日本のテレビの特番で、障害物をアクションゲームのように越えていくフィールドアスレチックがやっていたのを覚えている。確か名前は『SAIZO』だったか。だがこれは失敗すれば一発死か重症だろう。
俺はニクラスに大声で戦士達に警告させる。俺の声じゃ届かないだろうからだ。ニクラスの声でも全員に聞こえるか分からないが、近い者だけにでも知らせられれば少しはマシな結果になるだろう。
「こっちから大量のダンゴムシが来る!
ここに来るまでに倒したヤツだ、注意してくれ!」
ゾウムシと戦士たちの戦いは、若干戦士たち有利に進んでいるのか。ゾウムシの足の一本は変な曲がり方をし、力が入っているようには見えない。明かりが少ないのでよくは見えないが、その大きな足に幾つかの傷が入っているように見えた。そして、まだ明らかに脱落した戦士はいない。
とにかく、俺はゾウムシが一番離れた様に見えるタイミングで空洞に跳び出した。




