ゾウムシ
俺達は二人が並んでやっと通れるくらいの横穴から、そのゾウムシのいる大きな空洞に辿り着き、そしてその通路から出ないように岩陰に隠れながらそこを覗いていた。当然、暗視の使えるような者はいないので、俺達は岩陰からランプの光でその空洞を照らし、ゾウムシの様子を見る。
幸いゾウムシはランプの光に反応する事はなく、ゴリゴリと岩壁を食べているように見える。その岩壁の中には他よりも高密度でミスリル鉱石が混じっているハズなのだが、ゾウムシは岩壁内の何か有機物を食べているのか、それとも本当に岩やミスリルを食べているのかどうかは分からない。
そのうち居なくなってくれるなら、巨大蟻と同じようにいない間に採掘という方法もあるが、あの大きさは明らかにこの空洞から出れる大きさじゃない。回り込んで別方向から掘り進んで辿り着く方法もあるが、時間が掛かり過ぎて採掘されるまでプレッシャーに耐えられそうもない。
「おい、貴様。
あの化物の向こうの壁にミスリルがあるって言うのか!」
「ええ、まあ。困りましたね。
一応聞くけど、ニクラス。アレ、どう思う」
俺は安定のアルノー君の文句を流して、ニクラスに話を振る。
「あの大きさだと甲殻も分厚く硬そうだから、
武器の刃を通せるかが問題になりそうだな。
それにあの大きさだから、踏まれれば終わりだろう」
「この岩場でも素早く動けて、攻撃力のある奴が必要って事か。
練度の低い戦士を人数集めても被害が増えるだけだな」
俺の頭には、縦横無尽に森の木々を飛び移りながらトロールを斬り付けるセーラー服少女が思い浮かぶ。スカートの裾がヒラヒラと、最近の女子高生は普段からあんなのを履いてるのか。
「ちなみにアレに一撃入れて、絶対に生きて帰って来る自信のある奴いる?」
俺はそう言いながら仲間を見回す。ヴァルブルガは俺の護衛だから外せない。ニクラスはベテランだが膝を痛めていて走らせるのは不安だ。ヤスミーンはマニンガー公国で徒競走の女王だったから平地なら考えるが、こんな岩場で同じようには出来ないだろう。
クルトは動きが鈍いし、アルノー君はお客さんだから危険は冒させられない。積極的に自分がやりたいという者もいないし、これは下手に手出しはせずに戻って仕切り直しだろう。そう思った俺はここから引き返し、地上に戻る事にした。
「やっぱりダメか」
ゾウムシの空洞を出て3日後、地上に戻った俺は採掘クラン『銀蟻群』の出資者達、金属卸大手ダーミッシュ商会、食品卸大手ヴァルヒ商会、ペルレの最大クランで大迷宮の警備をしている『赤い守護熊』に巨大ゾウムシ討伐への助力を願った。
しかし予想通りというべきか、ゴルドベルガー伯爵家と俺で『銀蟻群』の経営権の6割を握った事で彼らを怒らせ、そうスカンを喰らった。まあ、増産が出来そうというのも結局俺の勘としか説明できないし、それで明らかな脅威にトップ戦力を出せというのも無理が過ぎるだろう。
とはいえ凡庸な兵士を集めても犠牲者が増えるだけっぽいし、せっかく集めてもアレを見て逃げ出す奴らばかりになれば、迷宮の奥に強盗集団が発生する事にもなりかねない。一応、アルノー君経由でゴルドベルガー伯爵家にも手紙を出したが、返事が返って来るには時間が掛かるだろう。
「会長、レン会長。会長が迷宮にいる間に貴族様から手紙が来てますよ。
エスレーベン子爵様からです。大丈夫ですか」
『銀蟻群』の出資者達のところから肩を落として帰って来た俺に、うちの商人見習いレオナが心配そうに手紙を持って来た。ちなみに彼女は今やロリから単なる童顔店員になっている。手紙はゴルドベルガー伯爵家じゃなくて、エスレーベン子爵からか。まあ、伯爵家には手紙を出したばかりだし、当たり前か。
でも婚約者の実家はクズ貴族らしいから、きっと金の無心とかそんな内容だろう。ミスリル増産に緊急性がなければすぐにご機嫌伺いに行ったのだが、伯爵家も含めて関係者に絞りに絞られて婚約が決まってから2週間近く放置してたから怒らせたかもしれん。
子爵家と伯爵家でどっちが怒らせたら怖いかといえば明らかなので仕様がないが。手紙を見ればストレスマッハな内容が続いたが、結局金を持って王都の屋敷に来いという話だ。たぶん、ゴルドベルガー伯爵も子爵にはミスリルの話なんかバラしてないだろうし、金貨十枚(約百万円)くらい包めばいいか。
いや金貨5枚だけ持って行って、これで精一杯です、と言って泣いてみせて、それでも毟ろとするだろうから、泣く泣く後からさらに金貨5枚送ります、っていうストーリーにしようか。そしてゴルドベルガー伯爵家から預かった資金は戦力を集めるのに使おう。
戦力といっても、鉱床の場所はトップシークレットだから完全に抱き込める相手じゃなきゃ連れて行けない。場所を知られたくないから現場までは目隠しで、と言ってもアレに対抗できる人間がそんな生殺与奪を人に任せるようなマネはしないだろうし。
となると奴隷か。この世界、奴隷の首輪とか奴隷紋とか無いので奴隷から情報が漏れるのは防げないが、奴隷なら現場まで目隠しさせる事も出来るだろう。どうせ子爵に会いに王都に行くなら、王都で戦力になる奴隷を確保するのもアリか。
1日だけ休んで迷宮の疲れを取った俺は、王都に向かうのだった。




