MP0よ
どうも俺が探知に集中している間、ムカデの魔物がやって来たようだ。ニクラスは俺を気づかせるか、担いででも逃げるよう提案したが、ヴァルブルガが俺の邪魔をしないようこの場で撃退しようと言い出したらしい。う~ん、気持ちは有り難いがこういう場合は逃げて欲しい。命が大事だからね。
それでヴァル達で撃退を始めたようだが、意外な事が2つあった。1つはニクラスがうまくクルトを誘導して戦わせていたらしいと言う事だ。彼は年長者だし実戦経験も多いので、メンバを上手く使おうと頑張っているのかもしれない。
それから意外というかやっぱりというか、最も勇敢にムカデを攻撃したのはアルノー君だったという。彼は流石ゴルドベルガー伯爵家の騎士と言うべきか、正当な剣術をしっかりと学んでいたようで経験不足の面はあっても技術的には、かなりの水準だったとニクラスが言っていた。
「貴様ぁーっ、戦場でそんな腑抜けた事でどうする!」
それでまあ、やっぱりというか気付いた俺に最も噛み付いて来たのも彼だった。確かにミスリルの反応に集中するあまり、敵の反応とかも全く分からなくなっていた。次にやることがあれば、敵の反応にも気づけるよう何か考えなければいけない。
とはいえ、大規模なミスリル鉱床の方向は分かった。俺は大迷宮の地図を取り出し場所を確認する。
嘘だろ。大迷宮の詳細な地図なんてない。大きめの横穴と大きな空洞の位置が描かれているくらいで、そこにない小さい横穴は無数にあるし、記載外の空洞なども沢山あるだろう。その縮尺もかなり適当で距離感もほとんど宛にできない。
それでもペルレの街の真下の大空洞である第1区を中心に時計回りに植生に合わせて第2区から23区まで割り振られ、その危険度を示していた。ここ8区は1区から見て東の方に4区を抜けたところにある。偶然ながらペルレの大迷宮の区割りは位置的に東京23区の酷似し、1区が千代田区、2区が中央区、8区が台東区相当だ。
そして俺の探知スキルによるとミスリルの大鉱脈は、さらに東。ほとんど探索もされず、8区よりも危険度が高い事だけが分かっている23区、江戸川区の辺りにある。あくまでざっくりとした地図上ではという話なので、実はまだ8区の中だったらいいなとも思う。
「ご主人、何か分かったのですか」
「ああ、俺の勘だがもっと東を探そうと思う。
だが少し休ませてくれ」
ニクラスが代表して聞いて来たので、俺はそれに答えて説明する。ハッキリ言ってだいぶ疲れたし、もしこの世界がMP制だったとしたら、俺のMPは0になっていると思う。今日は鉱夫達のキャンプに戻って休んだ方がいいだろう。
「おい、何でこんな乾燥した岩場にヒルがいるんだ。
しかも3メートル以上もあるぞ。なんて非常識な!」
「落ち着いて下さい、アルノー様。2日前にも居たではありませんか。
それにこれは単独で動きも遅く、倒し易い方ですよ」
相変わらずアルノー君は切れやすい。そして俺が相手をしなくてもニクラスが対応してくれるのはありがたい。アルノー君は平民を見下し、奴隷なんて家畜くらいにしか思っていないが、それでもニクラスの技量や対応力は認めたのか、魔物相手には俺より彼と話す事が多い。
「うっ、気持ち悪い」
「迷宮を駆ける、鋼鉄の身体!
いざいざ、回転、大輪槍!
ソレ、ソレ、ソレ、ソレ!」
ちなみにこのグレーから茶色の体色の巨大岩蛭は女子ウケが悪いのか、ヴァルブルガがいつも以上に熱心に俺の近くで護衛してくれる。ヤスミーンの方は平気そうに槍の刃を使って切り裂いているが。
まあ、クルトの槌の一撃なら軽く圧死するのだが、動きの遅い彼では噛まれて血を吸われたりして絵面が悪いので、刃物を持った他の者で倒す事になっている。そして俺は勿論、後ろで見るだけでみんなにお任せだ。
探知から1週間、俺達は東に行くルートを探した。地図に記載のある直径10メートル前後あるような広い横穴もあり、そこを通ればもっと早く目的地まで着いたかもしれない。しかし、そういう所では巨大な魔物に遭遇する事もあるので、もっと狭い通路を選んで通って時間が掛かったというのもある。
狭い通路なら魔物と遭遇しないかと言えばそんな事も無いが、幸い群体で現れるのは巨大蟻ぐらいで対処法を知っているので何とかなった。また単独で遭遇する魔物は、隠れてやり過ごしたり、逃げたり、最悪倒すなりして少しずつ進む事が出来た。
最初の予定では3日程度のハズだったので、採掘している鉱夫達に頼んで銀蟻群やトルクヴァル商会への連絡をし、食料やランタンの油など物資を運んで来てもらったりして探索を延長した。探知スキルによるミスリルの捜索は、次第に短時間で出来るようになったので、安全を確保しながらやっていった。
ギゴギゴギゴ。
そうして辿り着いた8区の奥。背後にミスリルの鉱床が存在するであろう、大きな空洞の中。そこには体長40メートル、体高20メートルはありそうな巨大なゾウムシがいた。それはその巨大な象の鼻のような硬質な口先で岩壁に穴を空け、何かを齧り取っているようだった。




