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みんなの目が冷たい

 なんでこの人達がここにいるのだろうと思っていると、執事クリストフさんが説明を始めた。


「この度、ゴルドベルガー伯爵家はミスリル採掘クラン『銀蟻群(シルバーアンツ)』に金貨1万枚(約10億円)を出資し、増資された『銀蟻群』の経営権の50%を取得します。異存はございませんね」


 ここ『銀蟻群』の定例会に参加しているのは、金貨3千枚を出資し30%の経営権を持っていた金属卸大手ダーミッシュ商会のユリウスさん、同率出資の食料卸大手のヴァルヒ商会の番頭ヘンリックさん、同率出資のペルレ最大クラン『赤い守護熊(レッドベア・ガーディアン)』のハルトヴィンさん。

 そして金貨1千枚分の現物出資で10%の経営権を持っていた俺、トルクヴァル商会のレンだ。だが突然来訪した彼らに誰も異を唱えられない。カウマンス王国には公爵や侯爵はいない。かってのカウマンス王国国王の弟が公爵となった後、独立してマニンガー公国の公王となったので、それが暗黙の了解となった。

 つまり、この王国で伯爵と言えば王族に次ぐ権力者なのだ。しかも形の上では財産を寄越せとか言っているわけではなく、寧ろ金を出すと言っている。実際は利権を横取りする行為だが、公にこれが理解されるのは難しいだろう。少なくとも判断が微妙な法律的な論争なら貴族が勝つ。そういう文明レベルの国だ。


 しかも噂としては広まっているとはいえ、ミスリルの採掘だけでなく、この『銀蟻群』の運営手法まで的確に掴まれている。この段階まで情報が漏れた上で、伯爵家が乗り出した、しかも金貨1万枚まで用意してとなると、もう誰にもどうにもできないだろう。


「また、ゴルドベルガー伯爵家はトルクヴァル商会会頭レンを代理人として指定し、経営権を委任します。レンはゴルドベルガー伯爵家の利益が最大となるよう運営を期待します」


 ブフォっ。心の中で噴き出した俺。ユリウスさん、ヘンリックさん、ハルトヴィンさんの目が突き刺さる。ゴルドベルガー伯爵家とトルクヴァル商会で経営権の60%を握った事になるので、実質俺は彼らに諮らずに『銀蟻群』を動かせるようになってしまった。

 俺は何も知らないが、どう見ても彼らには俺がゴルドベルガー伯爵家と謀って『銀蟻群』を掠め取ったようにしか見えないだろう。説明に失敗すれば俺は彼らに殺される。だが俺にもどうしてこうなったか、まるで分からない。そういえば俺の婚約が決まったと言っていたような。


「最後にトルクヴァル商会会頭レンとエスレーベン子爵令嬢コジマとの婚約が決まりました。エスレーベン子爵家はゴルドベルガー伯爵家派閥であるので、そのように理解下さい」


 それだけ言うとクリストフさんが部屋を退室する。えっ、俺ってゴルドベルガー伯爵家の傘下に入った感じ?っていうか、コジマって誰。そういえば、ジークリンデお嬢様と一緒にいた若いメイドさんがコジマだったか。あの子で合ってる? あの子、子爵家令嬢だったのか。


「じゃあ、また後でね」


 俺が話を理解しようとしていると、中年騎士ギードさんが軽く言ってクリストフさんに続く。しかし、アルノー君は俺の後ろに立って睨んで来る。ん、何で彼だけ残ってるの。俺が戸惑ってみていると、彼は半分キレながら言い放った。


「商人、俺はお前の監視役だ。お前の行動は全て監視し、お嬢様にお知らせする。覚悟しておけよ」


 監視役が付くのもヤだけど、この子、絶対監視の役目を逸脱して口を出してくるだろうし、情報の秘匿とか出来なさそうだし、平民を見下すし、短気ですぐキレそうだし、ちょっと監視役は無理じゃないかな。彼の暴走を止める役の人は可哀そう。って俺じゃん。何でアルノー君を選んだし。


「レン君。今、君は非常に厳しい立場にいるけど、弁解はあるかい?」

「貴様、『赤い守護熊』を敵に回すとはいい度胸だ」

「…痴れ者め」

「何だ貴様ら、ゴルドベルガー伯爵家に盾突くつもりか」


 俺が自分の不幸を思い悩む暇はなかった。ユリウスさんが笑っていない目をした笑顔で俺に問いかけ、ハルトヴィンさんが威圧感のあるオーラを吹き出し、ヘンリックさんが人を殺せそうな目で見つめてくる。それをアルノー君が無神経な言葉で迎え撃った。

 俺は決してゴルドベルガー伯爵家と繋がっていたわけでも無いし、情報も流していない、今回の件も知らなかったとハッキリ言った。たぶん信じてもらえないと思うけど、これは言っておかなければならない。あ、ポンポン痛い。俺、きっと次の人間ドックで胃が再検査になるんじゃないかな。

 その後はユリウスさん達にギュウギュウに絞られ、アルノー君に利益を総取りしろとか無茶ブリされる。結局、俺の責任でミスリルの産出量を2倍以上に引き上げ、元の出資者達の利益を保持しつつ、伯爵家にも同量のミスリル現物を分配するよう約束させられた。


 そんな簡単にいくか。はぁ。




 げっそりして『銀蟻群』の事務所を出る俺。俺の横を歩くアルノー君。無言の時間が続く。沈黙が辛い。何か話を振らなきゃ。


「あの、今日はどちらにお泊りで」


「俺はお前の監視役だ。常にお前と行動を一にしなければならん。お前の商会の建物に俺の部屋を用意しろ」


 俺にはもう何も言えなかった。

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